第317話

 ネカフェに入って1時間くらいしたとき。

 アキラが甘えるように肩をちょんちょんしてきた。


 じゃ〜ん! と見せてきたのはアイスクリームのメニュー。

 洋食ビュッフェとかにある業務用アイスのやつで、フレーバーは10種類ある。


「リョウくんは、どれを食べたい? 僕が取ってきてあげるよ」

「そうだな……」


 バニラとチョコと返しておいた。

 その答えを予想していたであろうアキラは、


「いつも通りのリョウくんだね」


 といって個室をあとにする。


 今日のアキラはやけに甲斐甲斐かいがいしいな、同棲してもあんな感じだと嬉しいな、とか考えているとアキラが戻ってきた。


「お待たせしました」

「おう、サンキュー」


 手を差し出したが、いつまで待ってもガラス容器をくれない。


「リョウくんはそのまま勉強を続けて」

「ん?」

「僕が食べさせてあげるから」

「ああ……」


 お口に入れてもらう。

 アキラの顔がやけに近くて、もちろん勉強を続けられるはずがない。


「チョコバニラはおいしい?」

「ああ、普通にうまい」

「僕も一口食べていい?」

「食えよ」


 リョウが舐めたスプーンを、アキラは当たり前のようにくわえた。

 次の一口をリョウに食べさせようとしてくる。


 間接キスなのだが……。

 たぶん、リョウがドキドキするのを見越してやっているな。


「ありがとう。あとは自分で食う。アキラは自分のアイスを食べないと溶けてしまう」

「おっと……」


 柚子ゆずシャーベットがさっそく溶けかかっている。

 半分ジュースになったそれを、アキラはおいしそうに飲んだ。


「柚子、うまいか?」

「うん、とっても。残りの味も今日中にコンプリートしよっと」

「お腹を壊すなよ」

「うぬ」


 アキラはしばらくお行儀よくしていた。

 かと思いきや、後ろからリョウの答案をのぞき込んで、プレッシャーをかけてくる。


 恥ずかしい……。

 きっとリョウの誤答に気づいている。


 また肩をちょんちょんされた。

 僕が採点してやろうか、と。


「助かる。俺はちょっとトイレにいってくる」


 リョウがお手洗いから戻ってくると、採点は終わっており、『もう一息だよ』というコメントと猫のイラストが描かれている。


 けっこう上手い。

 この1年くらい、アキラは猫イラストを練習しているから、格段に上達している。


 12時になった。

 マンガを読んでいたアキラが、お腹減った〜、といって背伸びする。


「おい、アイスをたくさん食っていただろう」

「アイスはアイス。昼飯は昼飯。まったくの別物なのさ」


 いったん店から出るのはOKなので、荷物をまとめて、近くにあるバーガー屋まで足を伸ばすことにした。


「ハンバーガー、久しぶりだな〜」


 レジのところのメニューを2人でのぞき込む。

 リョウは照り焼きバーガーとフライドポテトを注文した。

 アキラは海老カツバーガーとカップサラダを注文する。


 ドリンクはネカフェで飲めるので、セットメニューにしないほうが安上がりなのだ。


「ポテトとサラダ、半分こね」

「いいの? アキラってポテトとか食うっけ?」

「たまにはね」


 お昼休みのサラリーマンがちらほらやってくる。


「65番でお待ちのお客様……」


 受け取り口のところでリョウは、あっ⁉︎ と声を発した。


「おい、宗像か」

「なんだよ、キング」


 ミタケがバイトしていたのだ。

 自転車通学なのは知っていたけれども、この近くに住んでいるのは知らなかった。


「バイトしてんの?」

「見ての通り。大学生になったら、いろいろと入り用だからな」


 ミタケはスポーツ推薦で大学に合格したけれども、入学金や授業料がゼロというわけじゃない。

 あっちはスポーツ特待生といって(呼び方は色々ある)、完全に免除になるのは、ごく一握りの選ばれし学生のみ。


「キングはバーガー屋のユニフォームが抜群に似合うな」

「うるせぇ……これから忙しいんだ。さっさと帰れ」


 ふとミタケがアキラの存在に気づく。

 やべぇ……正体を隠さないと。


「どうも」

「お久しぶりです」

「去年の初詣以来ですかね」

「あの節はどうも……」


 2人ともぺこぺこしている。

 そうか、レンタル彼女の設定が生きていたか。


「不破似のレンタル彼女とまだ付き合っているのかよ。宗像って、息の長い性格だよな」

「当たり前だ。俺がふぅ子さんに飽きる日はこない」


 アキラは少し困ったように、あはは、と笑っていた。

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