第316話

 ネカフェの個室へやってきた。

 思ったよりも広くて、リョウの部屋の半分くらいはありそう。


「やったね、ここが僕たちの新居だね」

「半日限定だけどな」


 そうなのだ。

 半日、つまりMAX12時間も滞在できるコース。

 アキラのことだから、途中で飽きちゃって『帰る』とか言い出しそうだけれども、なるべく一緒の時間を堪能たんのうせねば。


 アキラがコートを壁のハンガーにかける。

 すると裏から出てきたのはスカート&タイツの組み合わせ。

 腰のところにベルトがついており、大人っぽい。


「めずらしいな。アキラがタイツを履いてくるなんて」

「でしょ〜。スカート姿がレアだからね」


 もちろんタイツは防寒着なのだけれど、張っているところと縮んでいるところに濃淡があって、ラブコメマンガの定番アイテムになっている節がある。

 リョウだって、タイツは好きだ。


 触りたい……。

 けれども、ぐっと我慢しておく。


「何かドリンクを取ってこよ〜。リョウくんは何を飲みたい?」

「アキラが取ってきてくれるの?」

「もちろん。2人同時に部屋を留守にすると無用心だろう」

「ああ……」


 タイツの黒さが目に染みたリョウは、ほとんど無意識に、


「ブラックコーヒーがいい」


 と答えてしまった。


「ミルクとお砂糖、いらないの?」

「いらん。ブラック一択だ」

「そっか、そっか」


 アキラは何も疑うことなく部屋を出ていった。

 1人になったリョウは頭をコンコンする。


 アホか! アホか! 煩悩ぼんのうめ! 煩悩め!

 ネカフェにいるのを忘れて、スカートの中を見せて、とかうっかりお願いしちゃいそうで怖い。


 壁のステッカーに目をやった。

『周りのお客様の迷惑にならないように』

 シーッのジェスチャー付きで書かれてある。


 コンコンとノックする音に続いて、トレーを持ったアキラが入ってきた。


「ご主人様、お持ちしました」


 メイドさんみたいな腰の低さで迫ってくる。


「ご主人様?」

「1日限定の新婚夫婦だよ。ごっこ遊びをすることによって、僕は演技の幅を広げるのさ」


 かわいい……。

 この場で押し倒したいくらいには。


 アキラがチョイスした飲み物はいちごラテであり、甘ったるい香りがリョウの理性を刺激してくる。


「さてと……」


 備えつけのパソコンには目もくれず、アキラは充電器を取り出すと、壁のコンセント穴に突き刺して、携帯をポチポチしはじめた。


 リョウも勉強に取りかかる。

 これからやるのは古文、昔の人が遺した文章に目を通すのだが……。


 気になる。

 アキラは膝を立てているから、スカートが三角形に広がって、その奥が深い森みたいになっている。


 油断しているのかな?

 いくらネカフェがほの暗い空間とはいえ、下着がうっすら見えているのだが……。


 集中できん!

 アキラは携帯のムービーに夢中らしく、ときどき足の指先を丸めている。


「あの〜、アキラさん」

「ん?」

「スカートの中が見えておりますが……」

「むふふ」

「おい……」

「見えているんじゃない。見せているんだよ」


 いじわるな笑みを向けられた瞬間、リョウはペンを置いた。


 もう我慢の限界だった。

 そんな表情を見せられたら襲いかかりたくなる。


「俺のことを挑発しているのか?」


 アキラにぐいっと顔を寄せてみた。


「受験勉強にかまけて、僕のことを放置してきた罰だ。苦しめ、苦しめ」

「お前なぁ……」

「僕だって、リョウくんと遊べなくて苦しかったんだ」

「だからってな……」

「同じ苦しみをリョウくんも背負うべき」


 おそらく半分嘘だろう。

 その証拠にアキラの口元は笑いっぱなし。

 でも、リョウと遊びたかったのは本音のはず。


 これはズルい。

 会えない苦しさは2人ともフェアなのに。


「勘弁してくれよ。俺が暴走する」

「この場でキスするか。ネカフェの中だぞ」


 思いっきり挑発されたけれども、まだ開始10分だし、周りにバレるかもしれないし、リョウはなんとか我慢した。


 危なかった。

 アキラの色気に呑まれるところだった。


「覚えておけよ。受験勉強が終わったら容赦ようしゃしないからな」

「それは楽しみ」


 アキラの注意は携帯の画面に戻る。

 何事もなかったかのように、今度は脚をクロスさせながら。


 期待させんなよ、バカ、と思いつつ、リョウは一問目の答えを書き込んだ。

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