第296話

 12月になった教室は、AO組や推薦組がチラホラ欠席していることもあり、いつもより広く感じられた。


 黒板の上に『合格祈願』お守りが飾られている。

 うちの担任がネット通販を利用して、太宰府天満宮だざいふてんまんぐうから取り寄せたやつ。


「なんか、人が減ったな」

「そうだね」


 私立の一般入試がはじまるのは1月から。

 年が明けると、いま以上に人が減るのか。


 バスケットボールを小脇に抱えたミタケが登校してきた。


「なんだよ、キング。今朝も練習かよ」

「まあな」


 ミタケはスポーツ推薦をもらって、見事に合格した側だから、本当なら学校に来なくてもいい。

 けれども、バスケ部の朝練に混じって、後輩たちと一緒に汗を流している。


「なあ、不破」


 ミタケはキョロキョロする。


「アンナにクリスマスプレゼントを渡したいのだけれども、何を買えば喜んでくれると思う? こういうのって、本人に直接訊いた方がいいのかな?」

「ああ、もうクリスマスの季節だよね。うん、いいんじゃない。予算を決めて、その中でリクエストを訊いたら。下手にサプライズを狙って、失敗するより、ずっと堅実だと思うよ」

「そうか。不破がいうのなら間違いないな」

「2人でデートしながら、プレゼントを買いにいったらいいんだよ。雪染さんも受験勉強でストレスが溜まっているだろうし、たまには外の空気を吸わせてあげないと」


 ありがとう、助かる。

 ミタケは後頭部をポリポリしながら去っていった。


 もうすぐクリスマスか〜。

 受験、受験、受験で頭が一杯だったから、アキラに何をプレゼントするか、まったく考えていない。


「なあ、アキラ、今年のクリスマスは何がほしい?」

「そうだな〜。リョウくん、受験とかで出費がかさむだろうしな〜」

「いやいや、気にするな。18歳のクリスマスは一生に一度なのだから」

「だったら、僕はアレがほしい!」


 直筆の手紙。


「おい、手紙なんて久しく書いてない」

「だからだよ。不慣れなんだけれども、リョウくんががんばって想いをつづってくれる、その1枚がほしいんだ」

「マジか……」

渾身こんしんのニャンコイラスト付きで頼むよ」

「仕方ないな〜」


 手紙のみだと、味気ない気がする。

 冬っぽいブックマーカーを探して買ってくるか。


「リョウくんは何がほしい?」

「そうだな。受験勉強に役立つグッズがいいな」

「仮眠用のアイマスクとか?」

「おおっ! すげぇ! なんで俺のほしいものが当てられたの⁉︎」

「むっふっふ……なんとなく、そんな気がしていた」


 アキラが携帯でさっそく検索する。


「これなんかどう? 猫デザインのアイマスク。かわいいお目々がついている」

「アキラがほしいだけじゃねえか」

「まあね〜」


 おそろいのアイマスクを買いにいこう、という話になった。


 他にリョウがほしいのは、ガムとか、チョコとか、アメ玉とか。

 1人で勉強していると、どうしてもお口が寂しくなるのだ。


「いいよ、たくさんお菓子を買いにいこう」


 携帯をポチポチしていたアキラが、にやりと笑う。


「これなんかどう?」


 見せてきたのは『必勝』ボクサーパンツ。

 赤い生地に白文字がプリントされている。


「受験の日にいていきなよ。赤いアイテムって、風水的にも活力をくれるっていうしさ」

「あのな〜、恥ずかしいだろうが……」

「いいじゃん、誰にも見えないよ」


 家族以外から下着をプレゼントされるなんて……。

 まあいい、恋人らしいイベントと前向きに考えよう。


「僕は楽しみだな〜、クリスマス」

「あ〜あ。来年になったら、素直に祝えるんだけどな」

「こらこら、未来に期待しすぎると、今日を失ってしまうよ」

「たしかに」


 リョウの視線の先には、冬らしい鈍色にびいろの空が広がっていた。

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