第297話

 部室へいく道すがら。

 掲示板の前を通りかかった。


『祝・〇〇大学合格!』

『大学入学共通テストまで、あと〇〇日!』

 そんな紙が張り出されている。


「クリスマスといったら、何があるっけ?」

「チキン! 料理! パーティーだよ!」

「いやいや、そこはアレ……」

「ん?」

「キスだろう」

「おい……」


 部室についたら、リョウは電気ケトルで湯を沸かし、アキラは花瓶の水を取りかえる。


「クリスマスといったら予約だろう。アキラのキスとか、予約できないの?」

「ちょ……きみ……なんてことを……」

「いいだろう。予約した方が楽しいじゃん」

「あのな〜。僕の唇はな〜、売り物じゃないんだぞ〜」

「ケッケッケ……」


 アキラは口元をガードしつつ照れまくり。


「とんでもない男だな、君は」

「想像力たくましい、といってほしいな」


 テーブルの上に1枚の紙がある。

 廃部届のフォーマットだ。


 廃部理由は『部員が1人もいなくなるから』。

 廃部予定日は12月23日。


 顧問こもんらんには、すでに倉橋トモエの署名が入っており、あとは部長のリョウが生徒会に届ければ、ボードゲーム部はその長い歴史に幕を下ろすことになる。


「なんか終わるときは一瞬だよな」


 リョウはしみじみという。


「これが時代の流れってやつさ。うちの学校に限らず、帰宅部の生徒は増えている」

「トレンドか」

「そうそう。塾に、習い事に、趣味に、家の手伝い……日本に住んでいる若者は、空前絶後の忙しさってやつなんだよ。部活動に集中できない」

「ふむふむ」


 リョウは席を立ち、部室をぐるっと一周する。

 歴代の先輩たちの落書きが、壁や柱のあちこちに残っている。


『名人に定跡じょうせきなし』


 これは将棋の有名な格言だ。

 一通りマスターした人は、決まった型にとらわれない、という意味だった気がする。


 2年と4ヶ月。

 アキラと過ごしてきた。

 教室の何倍も思い入れがある空間。


 もうすぐサヨナラする。

 指の一本をここに置いていくような、とてつもない悲しさがある。


「僕らの秘密基地ともそろそろお別れだね」

「だよな。ここでたくさんマンガを描いてきたからな。ある意味、仕事場みたいなものかもしれない」

「僕にとっても、書斎みたいな場所だよ。本棚1個分の小説をここで読んだと思う」


 終わっていく。

 終わっていく。

 終わっていく。

 アキラと続けてきたボードゲーム部がこの世界から消滅してしまう。


「寂しくなるな」

「この世の万物には終わりがある。そして今日も新しい物語が幕を開ける」

「アキラはオシャレなことをいう」

「他人事じゃないよ、リョウくん」


 アキラは人差し指を向けてきた。


「マンガ家の最大の武器は、若さと体力っていうだろう。そういう意味だと、君にはとてつもないアドバンテージがある」

「そうかな〜。未熟さを露呈ろていしまくりだけどな〜」

「いやいや、君の頭の中には、黄金とダイヤモンドがザクザク詰まっている。その取り出し方をこれから考えるんだよ。そして僕に巨大なキャットハウスを買い与えてくれたまえ」


 そこまでが、夢物語だった。


「今日の飲み物は何にしようかな〜」


 アキラがコーヒーか紅茶かココアかで迷っている。


「ホットココアにしようぜ。俺が購買部の横の自販機で、紙パックの牛乳を買ってくる。それでミルクココアをつくろう」

「ナイスアイディア! 頼みます、ミルク隊長!」

「なんじゃ、そりゃ」


 リョウは片頬で笑ってから部室をあとにした。

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