第295話

 ケーキを完食したあと、ゆっくりコーヒーを飲みながら、身の上話に花を咲かせた。


「リョウくんにこれを見てほしいんだよね」


 アキラが携帯を向けてくる。


 表示されているのは、有名な不動産仲介のWEBサイト。

 アキラがたくさんの『お気に入り物件』をブックマークしている。


「どうした? 急に物件なんて……」


 リョウも賃貸の家を調べることはある。

 でも、それはマンガ内で描写するため。

 住むために調べたことはない。


「大学生になったら、住む家がいるだろう」

「おいおい、待て待て、まだ入学する大学が決まっていない」

「しかし、6ヶ月もしないうちに僕らは大学生になる」


 なるほど。

 アキラはそんな先まで考えているのか。


 うっ……。

 けっこう難しい国公立大学の近く。


 なんか頭が痛くなってきた。

 偏差値、たけぇよ。


「おい、アキラ。ここの大学、ムズいだろう」

「でも、僕はここがいい。リョウくんとここに通いたい」

「だけどなぁ……」


 こだわる理由を聞いてみた。


「街が栄えているだろう。交通の便がいいだろう。近くに商店街があるだろう。大きなスーパーもあるだろう。大きな本屋もあるだろう。猫カフェもあるだろう。あと、治安だよ。夜遅くだと心配なんだよ」


 アキラは女の子だもんな〜。

 そりゃ、パチンコ屋とかゲーセンとか風俗がある街は避けたいよな〜。


 あとは実家からの距離か。

 アキラと不破ママ、仲良し親子だもんな。


「どこの土地も一長一短なんだよ。何を捨てるのか、決めるのが難しいんだ」

「大学からの距離は? やっぱり、徒歩5分くらいがいいの?」

「チッチッチ。むしろ、最寄駅だよ」


 リョウの場合は出版社へ。

 アキラの場合は劇団へ。

 たびたび電車移動することになる。


「そう考えると、僕たちって、わりと制約が多いんだ」

「なるほど。俺が出版社へ出かけることなんて、月1くらいだろうが、アキラの場合は影響大だよな」

「でしょ、でしょ。やっぱり、近くに商店街がほしいな。ショッピングモールも捨てがたいけれども」


 アキラが住みたい街、1位2位3位を教えてもらった。

 それなりに偏差値が高い大学ばかり……。


「リョウくん、憧れの大学にいこうぜ」

「学校にいこうぜ、みたいなノリでいわれてもな……」


 携帯を貸してもらった。


 家賃は10万円から15万円くらい。

 2人暮らしだし、東京近辺だし、リョウの作業場も兼ねるし、このくらいのコストは仕方ない。


 アキラのチェックポイントは、オートロック、浴室乾燥、追い焚き機能、ウォシュレットの有無らしい。


 ペットは不可のところばかり。

 猫が飼いたくなったら、引っ越す予定なのかな。


「ほら、この物件。ロフトがついている。この空間でリョウくんが作業したらいいと思うんだ」

「いいな、それ。うちの作業机がぴったり入りそうだな」

「ここなんて、築1年なんだよ」

「マジで? ピカピカの1年生じゃねえか」


 いろいろ物件を調べていると、モチベーションが上がってきた。


「ここのキッチン、広いな。アキラが料理しやすそうだな」

「料理はね〜、交代制だね〜。でも、僕たちにそんなヒマがあるかな〜」

「大口叩きやがる」


 リョウはマンガを描いて。

 アキラは演劇のレッスンをして。

 夢みたいな暮らしを想像してみる。


「どう? 楽しくなってきたでしょ」

「まあな。こんな家でマンガを描いてみたいな」


 携帯をアキラに返した。


「ケーキ、もう1個買って、2人でわけるか?」

「えっ⁉︎ いいの⁉︎」

「今日の俺は機嫌がいい」

「やった!」


 次はどのケーキにしようか、2人で相談しまくった。

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