第294話

 ちょっとお高いケーキ屋へやってきた。

 国内コンクールで実績を残したパティシエが経営しているお店で、平日なのにそこそこにぎわっている。


「どれにしようか〜」


 アキラがショーケースの前を猫みたいにウロウロ。


「ケーキって、選んでいる時間が1番ワクワクするよね」

「わかる気がする。本を買うのだって、あれこれ迷っている時間が1番楽しいよな」


 アキラがチョイスしたのは、ミルクレープ。

 季節限定の紅茶フレーバー。


「これぞ秋だよ。食欲の秋だよ」


 リョウはチョコレートケーキにしておいた。


「リョウくん、前にケーキを食べたときも、チョコレートにしてなかった?」

「いいんだよ。チョコ味が1番ハズレが少ないんだ。冒険するなんて余計なリスク、おかさない。チョコ味なら食べる前からおいしいとわかる」

「うわっ! つまんない! でも、リョウくんらしい堅実さだ!」

「あのな……」


 ケーキが決まったら、飲み物を選ぶ。


 リョウは無難にブレンドコーヒー。

 アキラはフラットホワイトをチョイスする。


「フラットホワイトってなんなの?」

「エスプレッソの上にスチームミルクを入れているんだよ」

「へぇ〜。よくわからんが、ブラック&ホワイトみたいな名前で格好いいな」

「ブラックじゃなくて、フラットね」


 ドリンクが出てくる前にお会計をすませる。


 ケーキ屋ってすごいな。

 これ1個売って、100円とか200円の儲けか。


 マンガみたいに大量にコピーできないし……。

 店舗のスタッフなんて、マンガ家のアシスタントみたいなもので、経営を圧迫するだろうし……。


 お金の流れについて考えたとき、俺も大人になったんだな、とリョウは実感するのである。


 テーブルについて、いざ実食。

 ケーキにフォークを入れた。


 うまい、さすがお店で食べるケーキ。

 舌にのせた瞬間、チョコレートが雪みたいにとろけていく。


 アキラはミルクレープの先端にフォークを入れた。

 口へ運んでモグモグしたあと、頬っぺたに手を当ててうっとり。


「おいし〜! 紅茶の味が思ったより濃いな〜!」


 やはりというべきか、一口交換しよう、という話になった。

 こういう部分、アキラは女子なんだな、と思う。


「うむうむ……思ったより濃厚なチョコレートだ」

「だろう。カカオ成分が強めだよな」


 アキラの紅茶ミルクレープも、今まで食べたことのない味で、普通においしい。


 入り口からわいわい賑やかな声がした。

 近くにある女子校の4人組が入店してきたのだ。


 その中の1人がアキラの存在に気づく。

 イケメンがいる! みたいな話を隣の女子にしている。


「よかったな、アキラ。相変わらずモテモテだな」

「あのなぁ〜」

「試しに手を振ってみたら?」

「するわけないだろう。僕は軽薄ヤローじゃないんだ」

「でも、向こうから手を振ってきている」

「うっ……」


 アキラは渋々といった感じで手を振り返した。

 興奮した1人が、きゃ⁉︎ という。


 俳優さんかな〜。

 でもテレビで見たことないよね〜。

 そんな話で盛り上がりながら、女の子たちは空いている席へ向かった。


「そういや、トオルさんって芸能人だよな」

「そうだね。芸能事務所に所属している」

「エミリィー先輩とか、カトリ先輩も、芸能人ってこと?」

「そうだよ。個別の仕事をいくつか抱えている」

「へぇ〜」


 ということは、つまり……。


「アキラも将来的に芸能人になるってこと?」

「ああ……だろうね……順調にキャリアを積んでいったらね。そこらへんはママやトオルくんが詳しいから相談だね」

「そうか、そうか」

「ん?」


 アキラが半眼になってにらんできた。


「自分の恋人は芸能人とか、よこしまなことを想像してない?」

「いやいや、するだろう、普通。庶民の夢ってやつだ」

「君って男は……本当に……」

「芸能人と付き合うってパターンが物語の典型だけれども、恋人が芸能人になるってパターンの方が、現実的じゃないかな」

「まあね。それは正しいかもね」


 すごいな、アキラは。

 恋人がすごいと、リョウも誇らしい気分になる。

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