第272話
体育祭のイメージは何だろうか。
汗、涙、真剣勝負。
ちょっぴり恋愛、ハートフルな青春。
そういった手垢つきまくりのカルチャーも、この人の手にかかれば、笑いの会場へと変化するらしい。
「おっと、タオルの
ノリノリでMCをやっているのはアキラ。
「匂いは……そうですね、この柔軟剤、あれです、フローラル&ブロッサムです。まったく汗の匂いがしないので、女の子が落としやつでしょうか。とにかく肌触りが良くて、1枚2,000円くらいするやつだと推測されます。いいな〜、僕も買おうかな〜」
顔を真っ赤にした女の子が放送テントまで走ってきた。
笑いの渦がいっそう大きくなる。
これは恥ずかしい。
憧れの不破先輩にタオルをクンカクンカされた。
「僕は鼻がいいので。柔軟剤のメーカー、当てちゃいますから」
迷子が見つかったときは、さらに傑作だった。
アキラがインタビュー形式であれこれ質問したのである。
「何歳ですか?」
「よんしゃい」
「将来の夢は?」
「トーマスの運転手」
「偉いね〜。好きな食べ物は?」
「メロン」
トーク番組を見せられているようなテンションだったので、父兄から生徒に至るまで聞き入っていた。
「ここにあめ玉があるけれども、何味が食べたい?」
「メロン」
「ごめん、リンゴと、ブドウと、オレンジと、イチゴ味しかないんだ。この中だと何味がいい?」
「メロン」
「……」
アキラは、すぅ〜と息を吐いたあと、
「聞きましたか、お母さん。この子は将来、大物になりますよ」
といって何百人かを笑わせた。
今度は顔を真っ赤にした母親が走ってくる。
ぺこぺこと頭を下げてから、保護者のテントまで帰っていった。
アキラはバイバ〜イと手を振っている。
普段は物静かにしている。
なのに、一度口を開けばおもしろい。
こういうギャップもアキラがモテる理由といえよう。
「美術部の皆さんが制作してくれた特大パネル、今年は戦国武将ですね……」
競技と競技の合間になったとき、アキラは歯切れのいいトークを入れてくる。
「戦国時代といったら、
「でも、江戸中期とかになると、
「鷹山公といったら、為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり、の和歌が有名な人で……」
「僕の友人に、Rくんがいるんですよ。マンガを描いているRくんです」
なんかリョウの話になった⁉︎
「その人に、為せば成る、と1年間くらい吹き込んでいたら、本当にマンガの新人賞を取っちゃったので、為せば成るんだと思います。大切なのはアレですね。自分で自分に暗示をかけるのは限界があるので、壁に鷹山公の言葉を貼っておくか、鷹山公みたいな人を近くに置くのがベストだと思います。ぜひぜひ、この場におられるお父さんお母さんも参考にしてみてください」
グラウンドの隅っこにトモエ理事長の姿を見つけた。
怒るでもなく、笑うでもなく、じっとアキラの声に耳を傾けている。
意外だな。
理事長みずから体育祭をチェックしにくるなんて。
やっぱり、アキラは気になる生徒らしい。
「以上、不破アキラの勝手に
パイパチパチと拍手が起こる。
見学のくせに、他の誰よりも目立つところが、アキラらしいといえばアキラらしい。
「続きましては、プログラム9番……」
リョウの出番、借り物競走がやってきた。
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