第271話

 この半年くらいでアキラは変わった。

 内面にエネルギーを隠していたのが、外面へ放出するようになった。


「僕は放送席から応援しているから。みんな、がんばってね」

「競技に出られない不破くんの分までがんばろうね」


 アキラとアンナが中心となり、クラスメイトに発破はっぱをかけている。


「あれ? キングは?」


 アンナに訊いてみたら、バスケットの朝練をやっているらしい。


 あの体力バカめ。

 これから体育祭というのに。


 グラウンドの一角からどよめきが広がった。

 美術部員が特大パネルを運んできて、各チームの後ろにセッティングしているのだ。


 去年は四神……青龍、朱雀、白虎、玄武だった。

 各チームカラーにマッチしており、格好よかった記憶がある。


 今年は戦国武将。

 生徒にアンケートを取って、票の多かった人物を採用しているらしい。


「リョウくんは、誰が来ると思う?」

「わからんが……黒チームは織田おだ信長のぶながで確定だろう」


 まず赤チームから。

 やはりというべきか、真田さなだ幸村ゆきむらだった。

 トレードマークの六文銭ろくもんせんに加えて、『日本一のつわもの』の人物評が添えられている。


 歴史の敗者となった幸村がポピュラーな理由はたくさんある。


 性格が温和だったとか。

 下々の民と仲良くしていたとか。

 豊臣家への忠節を最後まで貫いたとか。

 人柄による部分が大きい気がする。


 たしかに、職場で上司を持つなら、幸村のような接しやすい人が好ましいかもしれない。


 続いて青チーム。

 こっちは戦国の風雲児、伊達だて政宗まさむねだった。

 銃火器を愛した政宗らしく、片手に火縄銃を装備している。


 独眼竜どくがんりゅうという厨二成分マシマシの二つ名を持つ政宗だが、実際の合戦でも強かった。


 大将にしては珍しく、よく陣頭で指揮を執った。

 頭をつかうのが上手くて、生涯ほぼ無敗だったらしい。


 リョウたちは青チーム。

 政宗をバックに1日を戦うことになる。


 そして黒チーム。

 絶対に信長だろう……と思いきや、徳川とくがわ家康いえやすだった。

 床几しょうぎに腰かけており、右手には采配さいはいを持っている。


 ここまで若くてイケメンな家康は珍しい。

 三方ヶ原みかたがはらで戦った30歳くらいの姿かもしれない。


 家康の特徴は、何といっても海外での評価が高いこと。

 2世紀半におよぶ平和な世の中、パックス・トクガワーナを生み出したのは、古今東西あらゆる為政者いせいしゃの中で、徳川家康ただ1人なのである。


(戦争に強い武将よりも、新しい政治システムを築いた武将の方が、専門家たちのあいだでは評価される)


 最後に白チーム。

 ひときわ大きな歓声が上がった。


 明智あけち光秀みつひでである。

 小脇にかぶとを抱えている。


 添えられている文字は『一殺いっさつ多生たしょう』。

 髪の毛ふさふさの美男子だから、あの世の光秀が見たら大喜びするかもしれない。


「一殺多生ってどういう意味?」


 という女子の声が聞こえた。


「仏教用語だよ。1人を殺すことで多くの命を助ける、という意味だよ。古い歴史小説とかで、これから本能寺の変を起こそうとする光秀が、一殺多生の降魔こうまの剣をさずたまえ、と不動明王ふどうみょうおうの前で誓いを立てるシーンが出てくるよ」


 アキラが解説している。


 光秀ほど評価がごちゃごちゃしている人物も珍しい。

 裏を返せば、東洋のアレクサンダーといわれる信長を、いちおう私利私欲で殺したのに、これだけの人気があるのが驚きといえる。


(余談だが、本家アレクサンダー大王も、日頃から部下を虐待ぎゃくたいしており、たくさんの恨みを買っていたから毒殺されたのではないか、という説が有力)


 う〜ん。

 光秀は2位が似合いそう。

 だから白チームは優勝しない気がする。


「不破せんぱ〜い!」


 美術部の女の子がパタパタと走ってきた。


「今年のパネル、どれが一番上出来だと思いますか?」

「そうだな、甲乙つけがたいけれども……」


 アキラは戦国武将みたいに腕組みしたあと、


「やっぱり、僕らの青チームかな」


 きっぱり言い切った。


「ほら、政宗公といったら仙台でしょ。僕って牛タンとかはぎの月とか好きだからさ」

「え〜、食べ物が決定打ですか⁉︎」

「私も牛タン好きです!」


 アキラは話を広げるのが上手いからモテるんだよな。

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