第273話

 陸上をやめて2年か、とリョウは思った。


 あのままスポーツを続けていたら、どんな自分になっていたか。

 回想しちゃうことは、正直いうとある。


 陸上部を選ぶのは、集団スポーツが苦手で……という人が少なくない。


 1人でコツコツがんばりたい。

 どっちかというと一匹オオカミ。

 そういう先輩が多かったような気がする。


 リョウはマンガの道へ進んだけれども、描いている時間は1人きりだから、生まれついた適性があるのかもしれない。


 位置につく。

 スタートの合図が鳴る。


 この1年間、ほとんど走っていないから、格好いいスタートは切れなかったが、8人いるランナーの中ではリョウが一つ抜け出した。


 お題の紙をとる。

 肝心の中身は……。


「ッ……⁉︎」


 一瞬、ギョッとした。

 走りながら笑いそうになった。


 とりあえず、放送テントを目指す。

 ノリノリで実況していたアキラは、待ってましたとばかりに微笑み、


「また僕の出番が来ちゃったようです」


 そういってマイクを他の子に渡した。


「走れるか?」

「もちろん。体力は温存しておいた」

「無理するなよ。抱っこかおんぶしてやるぞ」

「強がるなよ、リョウくん。君は1年前ほど走れないだろう。それに、僕だっていつまでもお荷物じゃない」


 その通りだった。

 他のランナーが課題を見つけて、ゴールへ向かおうとしている。

 モタモタしていたら、1位は無理だろう。


「今年は一緒に走ってやる」


 アキラが手を差し出してきたので、リョウはリードしながら走った。


 観客席の女子が色めき立つ。

 耽美たんびよ! 耽美だわ! というリアクションは去年と変わらない。


「それで? リョウくんのお題は何なの?」

「ゴールしたら教えてやる」


 たくさんの拍手に支えられながら、先頭でゴールテープを切った。

 審判が読み上げたお題というのは……。


 恋人。

 もしくは恋人にしたい人。


 大多数の生徒にとってハードルが高いお題だろうが、リョウとアキラには通用しない。


「1位は青チームです!」


 ひときわ大きな拍手が起こる。


「リョウくん! 君ってやつは、去年といい、なんてお題を引き当てるんだ!」

「仕方ないだろう。あんなお題、用意するやつが悪い」


 新聞部の生徒がいたので記念写真を撮ってもらった。

 次の校内新聞が楽しみといえる。


「ちょっと待ってて」


 アキラが放送テントへいき、すぐに戻ってくる。


「20分くらい休憩をもらった。2人で抜け駆けしよう」

「かわいいな、アキラ」


 まずは点数集計の紙を見にいった。

 リョウたちの青チームは暫定2位、かなりの接戦である。


「ついてこい。僕がジュースをおごってやる。借り物競走で1位をとったご褒美だ」


 購買部のところにある自販機を目指した。


 リョウはコーヒー牛乳を買ってもらう。

 アキラは紙パックのミックスフルーツを買い、ストローをプスッと突き立てる。


 このあたりは人がいないから、グラウンドからの歓声が遠くに聞こえる。


「放送の仕事、なかなか大変そうだな」

「そんなことないよ。好き勝手に話しているだけだよ」

「なんだよ。天職かよ」


 2人きりで石段に腰かけていると、本当に抜け駆けしているんだな、という気分になる。


 アキラを見つめた。

 うっすら汗ばんでいるせいか、いつもより色気がある。


「なあ、アキラ……」

「やめろ、キスしようとかいうなよ」

「どうして?」

「いまお願いされたら断れない」

「かわいすぎるだろう。でも、さすがに屋外じゃキスしない」


 変なムードになったので、近くを散歩することにした。

 中庭も、校舎も、渡り廊下も、まったく人がいないから、特別な空間という気がする。


 そして校舎裏に差しかかったとき。

 物陰で体を合わせている男女がいた。


 やべっ。

 すぐに引き返す。


「あの子たち、キスしてたよね?」

「たぶん、キスだな」

「マジか〜」


 いけないものを見てしまった衝撃でアキラは赤面しまくり。


「さっきのアキラの慌てっぷり、おもしろかった」

「だって仕方ないだろう! 本当にびっくりしたのだから!」

「俺たちも1回やっておくか?」

「その手にはのらないぞ!」


 そういって唇をガードしている。


「他人のキスを見るのって恥ずかしいな。僕もあんな顔をしているのかな?」

「うん、してる。エロいとか、かわいいとかじゃなくて、庇護欲ひごよくをぐっと刺激してくる」

「ふ〜ん、そうなんだ、ふ〜ん、なるほど」


 ちょこんと肩を寄せて甘えてきた。

 物陰に誘ってキスしたいけれども……。


「キスは我慢するから、頭ナデナデくらいさせてくれよ。そのくらいのお触りはOKだろう」

「仕方ないな。本当は汗をかいた直後だから嫌なんだけれども……」

「アキラは基本、いい匂いだから気にすんな」

「まったく、君ってやつは」


 口では文句をいいつつも、楽しそうなアキラだった。

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