第268話

「とばっちりを食らったぜ」


 部室へ向かう道すがら、リョウはこの日5回目くらいの文句をいった。


 宗像リョウ=ゲイ、は別にいい。

 そうなるよう誘導してきた部分はあるし、アキラの正体を隠すためにも好都合である。


 しかし、宗像リョウ=BLマンガ家、はモヤっとする。


 なんか自分の作風をバカにされちゃった気分。

 過去に発表してきた作品には、ボーイズラブのボの字も含まれていないから。


 風評被害である。

 印象操作である。

 しかも、アキラはこの状況を楽しんでいる。


「まあまあ、リョウくん、マンガの世界は実力がすべてだろう。レンちゃんみたいに大ヒットを飛ばしたら、周りの反応も180度変わるよ」

「あのなぁ……軽くいってくれるけどな……」


 大学受験のせいで、マンガに専念できないリョウとしては、アキラの軽口がわりと痛かったりする。


 部室についた。

 リョウは最近買ってきた参考書を広げる。

 アキラが電気ケトルでお湯を沸かして、ほかほかの紅茶を淹れてくれた。


「けっきょく、受験が終わるまでマンガはストップするの?」

「いや、毎日少しは描いている。腕が鈍らないようにな。それが氷室さんとの約束。あと、思いついたネタは、全部ノートにまとめている。いわば、貯金を増やしている」

「ふ〜ん、次回作をちゃんと考えているのか」


 アキラがパラパラとネタノートをめくった。

 そしてぷっと吹き出している。


「おい、笑うなよ」

「だって、痛々しいタイトルだから」

「失礼な。俺が描いているのはピュアピュアなラブコメだぜ」

「それって、男の子の妄想をギュッと形にしたようなロマンティック・コメディのこと?」


 うぐっ……。

 的を射ているから反論しにくい。


「ぷっぷっぷ」


 リョウが考えているタイトル案は次のような感じ。


『家が燃えたので、幼馴染と同棲することになった』

『嫉妬モンスター彼女 vs 鈍感をこじらせて不感症な彼氏』

『氷帝に告ったつもりが、双子の妹の愛帝に求愛してしまった』


「ラブコメってパターンが多彩だね。ほら、少女マンガって、展開がかなり限られているからさ」

「まあな。ラブとコメと割合を調整できるからな。ラブがメインなのか、ラブはおまけ程度なのか。そういう匙加減さじかげんでテイストが変わってくる。可能性は無限大さ」

「ほうほう。あと何十年かしたら、リョウくんは有名なマンガ評論家になっているかもしれない」

「おい、バカにしやがって」


 扉をコンコンとノックする音がしたので、アキラはノートを伏せた。

 リョウがドアを開けると、そこには両手にダンボールを抱えた女の子が立っていた。


「ああ……ユズリハさん」


 兄のミタケもいる。

 これほど珍しい来客、久しぶりだ。


「うわぁ〜ん! 不破先輩、宗像先輩、助けてください!」

「どうしたの、ユズリハさん?」


 心配したアキラが2人に椅子を勧める。


「急に押しかけてすまんな。頼れるのが不破しかいなくて」


 ミタケが武士みたいに頭を下げる。


 ダンボールの中身はなんと黒猫の子どもだった。

 サイズ的に生後2ヶ月から3ヶ月と思われる。


「この黒猫、ユズリハが拾ってきたやつで……」


 泣きじゃくる妹の代わりにミタケが説明してくれた。


 須王家は一軒家である。

 ユズリハが捨てられている黒猫を見つけて、かわいそうに思い、持って帰ったのである。


「へぇ、いまどき捨て猫とかいるんだね」


 とアキラ。


 問題はその後。

 なんと父親が猫アレルギーだった。

 猫と一緒に暮らしていると、くしゃみ、鼻水、ぜんそくが止まらない。


 このままだと父親が死ぬ。

 というわけで、泣く泣く新しい飼い主を探しているのだ。


 今日、ユズリハの友だちに当たってみたところ、


『うちのマンションはペットNGだから』

『家に赤ちゃんがいるので』

『親が猫とか苦手で……』


 等々の理由により、引き受け手がさっぱり見つからない。


「不破先輩と宗像先輩の家はペットを飼えますか⁉︎」

「いや、うちも禁止だね。大家と交渉してみないと」

「俺もアキラと一緒だな」


 無理なものは無理。

 協力してあげたいのは山々なのだが。


「俺たちの頼みというのは、不破は交友関係が広いから、新しい飼い主を見つけてくれるんじゃないかと期待して……」

「ああ、なるほど」


 アキラはポンと手を鳴らした。


「ちなみに、その子の名前は?」

「まだ決めていない。オス猫なのは確認している」

「なるほど、ね」


 電話で誰かを呼び出している。

 数分後、部室に駆けつけてきたのは……。


「およよ、珍しい組み合わせだ」


 遊び人みたいな女の子、キョウカだった。


「神楽坂さんって、猫が好きだよね?」


 いきなり切り出すアキラ。


「いや、まあ、好きか嫌いかでいえば好きだけれども……」

「だったらさ、この子の新しいお母さんになってよ」

「はあっ⁉︎」


 黒猫を見せられたキョウカが目を白黒させる。


「ムリムリムリ! だって、私の家、ゴツい犬が何頭かいるし! 子猫を置くのは、血の予感がするって!」

「親戚の家とかさ。そこで育てるとか」

「いや……う〜ん……」


 煮え切らないキョウカに向かって、アキラはぽそっと語りかける。


「あ〜あ。この子の名前、トオルくんっていうんだけどな〜。神楽坂さんなら、大切に育ててくれると期待したんだけどな〜。仕方ない、トオルくんを別の女の子に託すとするか」

「なっ⁉︎」

「さ〜て、次はどの子に電話しようかな〜」

「ちょっと待って⁉︎ マジなの⁉︎ その子、トオルくんなの⁉︎」


 そうだよ、とアキラが勝ち誇ったように笑う。


「目つきとか、ワイルドだよね。成長したら、イケメン猫になると思うんだ」

「飼います! 飼います! 私が飼います! ちゃんと責任を持ってトオルくんのお世話をします!」

「えっ? いいの?」

「もちろん!」


 いきなりの手のひら返しに、ミタケとユズリハはびっくりしている。


「神楽坂さん、新しい家族ができたね」

「うん、私、トオルくんと結婚する」


 黒猫はミャーミャー鳴いて、新しいお母さんに甘えている。

 指先でうりうりするキョウカも幸せそう。


 さすが、アキラ。

 名コンサルタントみたいに問題をスパッと解決しやがった。

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