第267話

 とあるアメリカ人作家の遺産に、


『真実がくついているあいだに、嘘は世界を半周する』


 そんな格言が存在する。

 ITが発達したこのご時世、ゴシップが広まるのなんて一瞬だろう。


「なあ、宗像」

「夏休みに不破とやったって本当かよ?」


 リョウがトイレに立とうとしたら、普段はまったく話さない男子がやってきて、高校生らしいストレートな質問をぶつけてきた。


「あのなぁ……」


 リョウはうんざりして頭をコンコンする。


「みんな、あっさり信じすぎ。アキラは嘘をつくのが得意なんだ。BL本みたいなこと、やるわけねえだろう。むしろ、事実なら隠すわ」


 そもそも、アキラは女の子だしね。


「じゃあ、どこまでが真実なんだよ?」

「高校最後の夏休みだから、たくさん遊んだんじゃないの?」

「そうだな……」


 クラスの王子様をチラ見した。

 流行りのスイーツについて、アンナたちと楽しそうに談笑している。

 ブリュレの最初の一口が好き、みたいな。


「アキラと旅行したのは本当。といっても、海が見える家でゴロゴロするだけな」

「不破って体育を全欠席しているけれども、水着とか着るの? それって男物? 女物?」

「男物に決まっているだろうが」


 リョウはそろそろ切り上げたかったが、彼らの質問攻めは終わらない。


「でも、不破と24時間一緒にいるわけだよな?」

「それって、宗像はムラムラしないの?」


 う〜ん。

 本音をいうとムラムラする。

 だって、アキラは美少女なのだ。


「ちょっと伝わりにくい表現かもしれないが……」


 リョウには姉がいる。

 向こうが5歳上なので、リョウのクラスメイトに比べて、体の発育がずっと良かった。


 あと、お風呂上がり。

 テンプレの姉みたく際どい格好でリビングをうろついたりする。

 要するに弟のことを男として意識していない。


 姉にムラムラするか?

 YES、1年に1回くらいはムラッとする。


『カレシと別れて辛い!』みたいな話を聞かされたら、あれ? うちの姉ちゃんって意外にかわいいかも? と思ったりする。

 1年に1回くらいだけれども。


 それと似ている。

 アキラのことは友人と思っている。

 ゆえに、そういう対象に含まれない。


「……という説明で納得してくれるかな?」

「我慢できるとか、すげぇな! 宗像は!」

「不破と2人で旅行するなら、絶対に女装させたくなるわ! 擬似カノジョみたいな!」


 気持ちは分からんでもない。

 アキラは超絶美形だしね。


「え〜、なになに? 宗像が不破キュンのはじめてを奪っちゃったって本当なの?」


 そういってひじでぐりぐりしてきたのはキョウカ。


「あのね……神楽坂さん。あれはアキラのエンターテインメント。俺たちが校則に引っかかりそうな遊びをしないことくらい、1年生の時から一緒だった神楽坂さんなら、他の誰よりも理解していると期待しているけどね」

「そうやって必死に否定するところ、かなり怪しいな〜」

「お前なぁ……」

「それよりもさ、宗像が同人即売会でボロ儲けしているって、本当なの? BL本を売りさばいて荒稼ぎしているって?」


 リョウは内心で舌打ちをした。


 話題を変えてくれるのはありがたい。

 けれども、毒をもって毒を制すような状態であり、リョウが精神的ダメージを受けることには変わりない。


「どっから仕入れたんだよ、そんな噂。あいにく、BL本を描くような体力も、売りさばくような度胸もないよ」

「な〜んだ、残念!」


 ようやく解放されたとき、隣の生徒と目があう。


 ミタケだった。

 休み時間というのに、栄養学の本とか、睡眠の本とか、バスケットボール選手の自伝本に目を通している。

 勉強嫌いのミタケが熱心に読書する姿からは、何としてもプロの世界に入ってやる、という男らしい気概きがいが伝わってきた。


「さっきから騒がしてくてすまんな」


 リョウは謝っておく。


「宗像の顔でゲイとか勘弁してくれよ」

「…………」


 これと同じセリフ、下駄箱でいわれたことがあるな。

 もう1年くらい前だけれども。

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