第十八章 二学期(前)

第266話

 夏休みが終わり、二学期がスタートした。

 ほとんどの3年生が部活を引退して、大学受験にフォーカスする季節だ。


 リョウもそう。

 予備校の自習室が気に入った。

 引き続き利用させてもらうべく、大学受験対策コースの数学だけは申し込んでいる。


 お尻に火がついてきたムードだが、中には余裕そうな生徒もいる。


 1つはミタケのようなタイプ。

 スポーツ推薦が決まっており、この先の4年間に向けて、トレーニングに余念がない生徒。


 去年、卒業してしまった先輩だが……。

 リョウの1つ上の学年に、星イッセイさんという男子陸上界のホープがいた。

 当然のように、スポーツ推薦で名門大学へ進んだ。


 イッセイさんの名前は時々スポーツニュースで見かける。

 うちの卒業生が、世界でも通用するスプリンターというのは、謎の誇らしさがある。


「不破くんって、夏休みに宗像くんと旅行したの⁉︎」

「それって2人きりで一夜を明かしたということ⁉︎」


 キャーキャーという声に囲まれているのはアキラ。

 2年間も見てきた景色だから、とっくに慣れている。


「そうそう、僕らの恒例行事みたいなやつ。夏休みのたびに、海辺の家でゆっくり過ごすんだ。ちょっとしたバカンス気分かな」

「え〜、すごい!」

「いいな〜!」


 この時期に余裕よゆう綽々しゃくしゃくな人間、その2。


 アキラみたいに勉強ができる生徒。

 なんなら明日が受験でも平気だよ、というタイプ。


 くそっ……。

 外科医の父の血を引いているから、記憶力もいいというわけか。


 この世はアンフェアだ。

 アキラといい、レンといい、神様から愛されている。


「夜って……やっぱり……その……」


 女子の1人がお泊まり会の核心に斬り込んだ。

 不破くんと宗像くんで、イケナイことするのかな? と。


「まあね、やっちゃうよね。若気の至りみたいな。18歳のいまだからこそ楽しめる遊びって、確実に存在すると思うんだ」


 あっさり認めやがった。


 これは一番センシティブな嘘である。

 女の子のスイッチが確実に入っちゃうやつ。


「ねえねえ、どんな感じなの⁉︎」

「やっぱり、気持ちいいの⁉︎」

「もっと詳しく教えて⁉︎」


 想像力たくましい連中が、腹ペコの犬みたいによだれを垂らしながら寄ってきた。


「う〜ん、2人の濃厚プライベート案件だからな……。どこまで話しちゃおっかな〜」


 アキラは一瞬こっちを向いて、小悪魔みたいに笑う。


「とにかく、リョウくんから僕を求めてくるんだ。とても腕力が強いから、僕はまったく抗えないんだ。でも口では、やめて、優しくして、乱暴にしないで、とお願いするんだ。そんな僕の反応を楽しみながら、リョウくんは僕の着衣をがしていったり、僕のデリケートな部分に触れてきたり、本当は嬉しいんだろう? 今夜くらい素直になれよ、というセリフを耳元でささやいてくる」


 アキラの頭、大丈夫かよ?

 トモエ理事長に見つかったら、ぶっ殺されるんじゃね〜の?


 リョウは心配のあまりソワソワする。


「それって、不破くんは無理やりやられたいってこと⁉︎」


 女の子の興奮が限界までヒートアップ。


「そうそう。僕ってちょっとマゾだから。口ではイヤイヤ言いつつも、3歩進んで、2歩引いて、それを延々とネチネチ繰り返されて、精神的に責められちゃう展開が大好きなんだ。リョウくんはそういう押し引きのテクニックが神レベルにすごくて……。やっぱり、マンガを描いている人は違うね」

「それって最後はどうなっちゃうの⁉︎」

「宗像くんの意のままってこと⁉︎」


 リョウは廊下の方を気にした。

 BL好きの女教師が嬉しそうに聞き耳を立てている。


「もうね、気づけば窓の外が明るくなっている。嬉しいのと、気持ちいいのと、痛いのとで、僕の頭はグチャグチャさ。そして思い知らされるんだ。僕は男に生まれてきて良かったと。普段はこうして気取っているけれども、好きな人の手にかかっちゃえば、子猫みたいな声を出しちゃうんだと。そして何より嬉しい発見というのが……」


 アキラはテレビ番組に出てくる奇術師マジシャンみたいに、両手の指で三角形をつくった。


「一夜明けたリョウくんが、ものすごく優しいんだ。僕の体と心をケアしてくれるんだ。痛いところはないか? アキラのことが好きすぎて、強くやりすぎた。許してくれるか? そう声をかけてくれるのが嬉しいんだ。頭をナデナデしながらね。そして僕は答える。ううん、リョウくんが嬉しいなら、こんな痛みは平気だよ、むしろ幸せだよ、と。ねえ、知ってる? ハッピーが限界までいくとどうなるか? 魂が震えて、もう1回この世に生を受けたような感動に包まれるんだ。つまり、嬉しすぎて泣いちゃうんだ。それを実感できる瞬間と、それを教えてくれるリョウくんが、僕はたまらなく好き」

「やだ〜! 不破くんと宗像くんって、もはやソウルメイトじゃん!」

「そこらへんのマンガよりリアリティがあるわ!」


 アキラはいつだって嘘で武装する。

 アキラ=男と信じ込ませるために。


「もうちょっとマイルドな設定にならないかな。俺が完全にヤベーやつじゃん」


 リョウの愚痴ぐちは誰の耳にも響かなかった。

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