第265話

 コマリの両親と二言三言会話してから病院を後にした。


「田中ムリョウ先生もがんばってください」


 そういって励まされたのが嬉しかった。

 本当は無量カナタだけれども……。


 レンがぷっと吹き出す。


「田中ムリョウでよくない? そっちの方が強そう。なんだか武道家みたい」

「ふざけんな。誰が改名するかよ。これでも2年間くらい愛用しているペンネームなんだ」

「ふ〜ん。最低限のプライドはあるんだ」


 近くのお洒落しゃれなレストランを予約しているらしい。

 本当はアキラと食事する予定だったが、今回はリョウにご馳走してくれることになった。


「ほらよ、日傘」

「カナタ先生はタッパがあるからいいね。あなたの日傘、とっても快適よ」

「そりゃ、ど〜いたしまして」

「私のアシスタントになってみる?」

「いいえ、遠慮しておきます。たぶん、プロアシさんの足を引っ張るので」


 レンはニヤニヤと笑ってから、フレンチレストランの中に入っていく。


「2名で予約しています。四之宮です」


 未成年2人だけれども、スタッフさんは丁寧に対応してくれた。

 他のお客さんは大人ばかりだから、マセガキカップルに見えなくもない。


「すみません、友人と電話で会話したいのですけれども、周りのお客さんの迷惑にならない席ってありますか?」


 失礼と思いつつお願いしてみると、あります、と快くOKしてくれた。


 もちろん、ビデオ電話でアキラを呼び出すためだ。

 本当ならばアキラ&レンで楽しむべきお店。

 このくらいの我儘わがまま、許されるだろう。


 さっそくアキラにメッセージを送ってみた。


『いまレン先生と一緒にレストランに入った』

『ビデオ電話で呼び出そうと思うが……』

『準備ができたら教えてくれ』


 3分もしないうちに、いいよ、と返ってくる。


 カバンからスマホスタンドを取り出した。

 レンから見やすい位置にセットして、ビデオ電話開始ボタンをタップする。


「やっほ〜」


 画面にアキラが映った。

 ニャンコ柄のパジャマを着ており、リビングの椅子に腰かけている。


「アキちゃん」

「レンちゃん」

「愛してる」

「僕も」

「キスしたい」

「画面にキスする?」

「うん」


 やめろ!

 俺のスマホだから!

 本当にキスしそうな勢いだったので、レンの頭を押し返しておいた。


 コース料理が出てくるまで、お見舞いの話で盛り上がった。

 カナタ先生が涙ぐんでいて超おもしろかった、みたいなことをレンがいい、アキラが机をバシバシ叩いて笑っていた。


「さすがリョウくん!」

「バカにしやがって。でも、感動したのは本当なんだよ」

「いやいや、君は感受性が豊かだから、ハートフルなストーリーを手がける才能があるってことだよ」


 アキラはいつも知ったような口を叩く。

 リョウはふんと鼻を鳴らしてから、お水を一口飲んだ。


「そうそう、レン先生、忘れないうちに……」


 マンガ本とサインペンをテーブルに置いた。


「俺にもサインくれよ」

「え〜」

「いいだろう。今日の記念だ」

「同業者にサインをねだるのって、どうなのかしら?」

「俺は気にしない。下手なプライドはいらない。他人にどう思われるかは関係ない」


 リョウはエベレストの話を持ち出した。

 氷室さんから教えてもらった、目標は高く、みたいなやつ。


「俺にとって、レン先生がエベレストなんだよ」

「うわっ! ダサッ! 少年マンガの主人公がいいそうなやつだ!」

「実際、レン先生、マンガの登場人物みたいだろう」

「ふ〜ん、なるほど、へぇ〜」


 レンの左手がサインしてくれた。

 マンガを描くとき以外、レンは左利きなのだ。


「私がサインしてあげたんだから。さっさと連載をつかみ取りなさいよ。いっとくけどね、正しい訓練を積み重ねていれば、簡単な目標なのよ」

「達成できるよう努力はしている」


 レンはいつだって性格イケメンだ。

 そういう魅力がペン先からにじみ出て、斬姫の形を借りて、作品に宿っているのだろう。


「今日のレン先生はクリミアの天使・ナイチンゲールだったな」

「カナタ先生、余計なことはいわない。殺すわよ」

「え〜、なになに? 僕も知りたい」


 レンがねて、アキラが食いついてくる。


「小さい女の子に向かってさ、うっかり死んだら許さないわよ、だってさ」

「私に対するネガティブキャンペーンはご遠慮願えないかしら?」

「え〜、普通にいい話じゃん! 僕にも詳しく教えて!」


 クリエイターの業界には、芸は人なり、という格言がある。

 作り手の生きてきた人生が必ず作品ににじみ出る、という意味だ。


 芸は人なり。

 太陽のように命を燃やしているレンは、その作品も不死鳥のように輝いている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る