第242話

「おおっ〜!」


 赤レンガを見上げたアキラの口から感嘆かんたんの声がもれた。

 そこに初夏の風が吹き、麦わら帽子の下の髪をさわさわと揺らす。


 なんてことはない駅舎である。

 テレビのニュースで100回くらい観た建物。


「東京駅だ⁉︎」

「いやいや、何回か利用したことあるだろう」

「18歳になって初の東京駅だ!」


 観光客みたいにぴょんぴょんしている。

 その様子がおもしろかったので、リョウは携帯にアキラの姿を収めた。


 東京駅はたまに利用する。

 それは乗り換えのケースが多い。

 千葉方面、埼玉方面、神奈川方面、それぞれの列車がここに集まっているのだ。


 90年くらい前に建てられた旧東京中央郵便局が近くにそびえている。

 中はショッピングモール&現東京中央郵便局が入っており、たくさんの買い物客が出入りしていた。


 アキラが太陽に向かって右手をかざした。

 薬指のところに、きらりと光るしずくのような線がある。


 指輪だ。

 リョウが買ったわけじゃない。

 レンからの誕生日プレゼントである。


 けっきょく、180万円に設定していた予算は、アキラのドン引きにより大幅削減され、18万円までカットされた。

 レンはショックを受けていたが、それでも大金には違いない。


 色はピンクゴールド。

 18歳にちなんで18K(金の含有量およそ75%)。

 小さいダイヤモンドを埋め込んでいる。

 レン自慢のプレゼントなのである。


 女子はアクセサリーが好きだ。

 アキラも例外ではない。


 誕生日が始まってから終わるまで外さずに装着しておくね〜。

 そんな約束をレンと交わしたらしい。


 あと、指輪の位置。

 リョウは知らなかったが、10本ある指のどこにリングをはめるかで、意味合いがガラッと変わってくる。


 メジャーなのは左手の薬指。

 結婚指輪をはめる場所だが、国や地域によって、微妙に異なるらしい。


 アキラが指輪をつけているのは右手の薬指。

 ラブリングといって、恋愛パワーを高める意味があるそうだ。


 そのことを教えてくれたアキラは、左手を突き出しながら、


「リョウくんがこっちに指輪をプレゼントしてくれる日、楽しみにしています」


 と笑っていた。


「そんなに欲しけりゃ、買いにいくか?」

「リョウくんが単行本を出して、その印税が入ったらね」

「ぐぬぬ……」


 3年先か5年先になりそう。

 あ〜、売れっ子になりてぇ〜、と切実に思う。


「いい色が見つかって良かったな」

「かわいいでしょ、ピンクゴールド。日本人の肌の色には18金くらいが似合いますよ〜、て店員さんにも勧められちゃった」


 アキラがあまりに幸せそうだから、リョウもとうとう我慢の限界になった。


「すご〜く小物っぽい頼みなのだが……」

「どうしたの、急に?」


 今日限定でいいから、レンの名前は出さないでほしい。

 SNSでやり取りするのはいいが、リョウに話を振らないでほしい。


「この前の夜、レン先生とメッセージでやり取りしたんだ。マンガについての意見交換。その時、俺は確信したよ。この子、生きる伝説だって。もう神の領域に片足を突っ込んでいるんだ。世界の見え方みたいなやつが、俺と180度くらい違うんだ。アキラを素直に祝うためにも、今日という1日が終わるまで、俺は劣等感にさいなまれたくない。わかるかな?」

「よく理解できないけれども、いいよ。じゃあ、レンちゃんはNGワードね」

「マジ助かる」


 悩みから解放されたリョウは、ふぅとため息をついてから、麦わら帽子の位置を直してあげた。


「それより、リョウくん、まだいってもらっていない」

「ん? キスしようぜ、みたいな会話?」

「バカちん。お誕生日なんだ。真っ先にいうべきことがあるだろう」

「そうだな」


 忘れていたわけじゃない。

 わざと告げなかった。

 せっかくなので景色のきれいなところで祝おう、と考えていた。


 この国のシンボルの1つ、レンガ駅舎。

 背景としては100点満点だろう。


「18歳の誕生日おめでとう、アキラ。去年よりも一層きれいになったな」

「いや〜ん!」


 アキラは猫みたいに抱きついて、リョウの首筋にキスしてくれた。


「ここに僕の歯型を残しちゃおっかな〜」

「やめてくれ。アキラのヤンデレ化はヤバい」


 うちの恋人は獰猛どうもうなニャンコなのである。

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