第240話

 お風呂上がり。

 マンガを描いていると、リョウの携帯が揺れた。


『お疲れさま〜』

『ちゃんとマンガ描いてる?』


 レンからのメッセージは珍しいな、と思いつつ携帯をポチポチする。


『描いてるよ、眠いけど』

『レン先生は何やってんの?』


『ジャックダニエル片手に……』

『次回のネームを練っている』


『そのジャックなんちゃら……』

『間違いなくウイスキーだよね』


『大丈夫、父も母も酒豪だから……』

『私もお酒にはめっぽう強い』


 大丈夫じゃねえ!

 自分で大丈夫と言い切るところが、大丈夫じゃねえ!


『うっかりベランダから落ちて……』

『右腕を壊すとか、勘弁してくれよ』


『それも平気』

『右手をやられても、左手で描ける』

『カナタ先生の3倍はきれいな線が引けるわ』

『クスクス』


 さすがクロスドミナンスの使い手。

 アニメの強キャラみたいなこと抜かしやがる。


『俺は分からないのだが……』

『お酒って、おいしいの?』


『おいしいに決まっているでしょう』

『じゃないと、酒造メーカーが世界中に乱立しないでしょう』

『ちなみに、ジャック・ダニエル氏はね……』

『13歳のときに本格的なウイスキーをつくり……』

『16歳のときに創業したと伝わっている』

信憑性しんぴょうせいにやや疑問符がつくけれども』


 17歳の女子高生から、お酒ウンチクを聞くことになろうとは。

 世も末ってやつか、いや、レンが終末カオスなのか。


『先進国でも、16歳で飲酒可だったりするでしょう』

『だいたいね〜、日本は子どもに対する寛容かんようさに欠けるのよ』

『世界でワースト1位よ』

『だから、つまらない国になったのよ』

『しょせん、大人が子どもを支配したいだけでしょう』

『ねえねえ』

『13歳の少年が、お酒つくっちゃう世界の方が、100倍くらいユートピアだと思わない?』


 やけにしゃべるな。

 お酒の魔法ってやつか。


『いや、日本のサブカルチャー』

『普通におもしろいと思うが』


 とりあえず、反論してみる。


『異端児でしょう』

『新しいサブカルチャーを生み出す人、レジスタンス的存在でしょう』

『古いものに対するアンチテーゼだから受けている』

『抑圧された子どもは、つまらない大人になる』

『事実に気づけ、と私は主張したい』

『そのためにマンガを……』


『わかった』

『レン先生のいうことは正しい』

『が……ウイスキーを飲みながらマンガを描くのはダメだ』

『20歳未満の飲酒は法律で禁止されております』

『未成年へのお酒の販売も処罰の対象となります』

『というやつだよ』


『うわ〜』

『つまんね〜』

『そんなんだから、カナタ先生のマンガは◯◯なんだよ』

『おもしろいマンガを描ける方法、教えてあげよっか』

『冷蔵庫からビールを取ってきて、とりあえず飲む』

だまされたと思って飲めばわかる』

『常識の向こう側に……』

『ぴょこん、と跳べるから』

『ドドドドド〜ッ!』

『シナプスのところで、ニューロンの発火が起こる!』


『昭和のロックンローラーみたいなことをいうね』

『いつか血を吐いて倒れても知らないよ』


『格好いいじゃない』

新撰組しんせんぐみ沖田おきた総司そうじみたいで』


『良くない』

『アキラが泣くだろうが』


『…………』


『おい? レン先生?』


『カナタ先生は、時々、素晴らしいことをいう』


『そりゃ、ど〜も』

『ここは新撰組が活躍した19世紀じゃなくて……』

『医療が発達している21世紀なんだ』

『天才は夭折ようせつするとか勘弁してくれ』


『生きろって言葉……』

『死ねっていうのと同レベルでひどくないかしら?』


『それはない』

『俺はそうは思わないから』


『ふ〜ん』

『まあ、いいや』

『とりあえず、この世の解釈の仕方について、カナタ先生とズレていることは理解した』


『それで?』

『何を伝えたくて連絡してきたの?』

『まさか、お酒と死生観がテーマじゃないよね?』


『そうそう』

『アキちゃんの誕生日プレゼントなんだけどさ』

『カナタ先生と被ったら、2人に申し訳ないと思ってね』

『事前に相談しておきたい』


 まともな話題が出てきたことに安心したリョウは、ふむ、と腕組みした。

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