第十六章 一学期(後)

第239話

 6月つゆになった。

 朝からしとしと雨が降っており、学校はいつもより精彩を欠いていた。


 しかし、原因が天気だけじゃないことをリョウは知っていた。

 きっかけは生徒会長の発令である。


『不破くんに誕生日プレゼントを渡すことを禁ず。

 理由:受験勉強に集中するため』


 これは恐ろしく勇気のいる決断だった。

 というのも、3年に上がってからアキラの人気はますます高まっており、トップアイドルみたいな扱いを受けているのだ。


 不破くんに最後の誕生日プレゼントを。


 女生徒たちは息巻いていた。

 ラストチャンスを無慈悲に潰したのだから、くだんの生徒会長は、夜道で襲われるリスクを引き受けたことになる。


 しかし、困ったのはリョウだ。

 いちおう学園の生徒なので、ルールは無視できない。

 クラスの女子から、


「宗像くんもプレゼントをあげないって本当?」


 と質問されたとき、


「規則だからね。携帯から祝福メッセージを送るよ」


 そのように答えておく。


 リョウが我慢するのなら、私も諦めちゃうか。

 だいたいの女子はそういって引き下がる。


「この茶番、すっげぇ疲れんだけど」


 2人きりの部室でリョウは文句をいった。

 夕方から風が出てきており、雨粒が窓ガラスを叩いている。


「仕方ないだろう。リョウくんは抑止力なんだ。がんばって演技してもらわないと」

「俺はアキラみたいに嘘をつくのが得意じゃないのだが」

「人聞きが悪いな〜」


 アキラは読みかけの本を畳んだ。


「それで? けっきょく、今年は何人からプレゼントをもらうの?」

「お父さんでしょ、お母さんでしょ、トオルくんでしょ、キョウカちゃんでしょ、レンちゃんでしょ、サナエちゃんもくれるかな〜」


 コンコンと部室をノックする音がする。

 ドアの向こうに立っていたのはトモエ理事長。

 ワインレッドのスーツが明るい金髪に似合っている。


「不破くん、今月が誕生月でしょう。お行儀よくしているご褒美にこれを」


 もらったのはバッグハンガーになるキーホルダー。

 アキラのイニシャル『A』の飾りがついている。


「高くない品物よ。安心して受け取りなさい」

「しかし、生徒会長の命令がありますし……」

「私はルールの範囲外。これは理事長命令よ」


 受け取ってしまった。

 誕生日プレゼント第1号はトモエ理事長に決定。


「これは俺の切実な悩みだけどさ、アキラの欲しいものって何なの?」

「う〜ん、ニャンコ」

「猫以外で」

「猫カフェの年パス」

「猫カフェ以外で」

「なんだろう……」


 きたよ。

 お金持ちあるある。

 すでに十分満たされているから、欲しいものがない。


 もしリョウに無限の体力と無限の時間があれば、

『アキラのために20Pのマンガを描いてやるよ』

 と提案することも可能。


 あいにく氷室さんの修正指示で手一杯。

 得意の画力を活かす作戦は不可能なのだ。


「はっきりいって、予算が限られている。彼氏として情けない話をすると、レン先生に負ける。100倍くらい財力で負ける」

「そうだな〜。僕が欲しいものか〜」


 アキラはびしょ濡れの庭を見つめた。

 たまたま1年生が通りかかったので、バイバイと手を振っている。


「旅行がしたい」

「無理だろう。アキラは毎週レッスンで、俺はマンガに忙殺ぼうさつされている」

「だったら、ディナーでも食べにいく?」

「ディナーもいいが、何か渡したい。俺は物をもらったからな」

「う〜む〜む〜」


 アキラの欲しいものってなんだ?

 いつものブックマーカーか?

 でも、500円は安いよな。


 できれば3,000円から5,000円くらいの価格帯。

 これが欲しかった! と喜んでくれそうなやつ。


「これは俺の課題という気がする。今晩考えてみるから、また相談させてくれ」

「は〜い」


 その日は早めに部活を切り上げた。

 駅前にはたくさんの通行人がおり、色とりどりの傘がお花畑みたいに咲いていた。


「これはず〜と昔の記憶なんだけどね、トオルくんの誕生日のとき……」


 たくさんの女子が不破家にやってきた。

 気まずいことに、とある女子と別の女子のプレゼントが被った。

 品はプラモデルだった。


 本人たちは大ショック!

 好きな男の子へのプレゼント被りなんて!


 小学2年生くらいだから、その場で泣き出しちゃうわけである。

 これは辛いシチュエーションだな〜、というのは幼かったアキラにも伝わった。


「トオルくん、偉いからさ。その機体は作中で三兄弟なんだ。同じのが3つそろって、本来のパワーを発揮するんだ。ありがとう。親に頼んで、もう1つ買ってもらうよ……みたいなことを告げたんだよね。もちろん、嘘なんだけどさ。女の子って、ロボットアニメとか詳しくないから。人を傷つけないための嘘というやつを、僕はトオルくんから学んだよ。あの人の知性に感動しちゃったのは、後にも先にも一度きりだね」


 リョウのプレゼントは何でもいい。

 何をもらっても喜ぶ自信があるから。


「なんたって、僕は俳優の卵だから。それもノーマル卵じゃない。金ピカの方なのさ」


 アキラはそういって人差し指を立てた。

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