第236話
画材屋でアイテムを選んでいるとき、アキラの口から、
「リョウくんがマンガ描くとき、アナログとデジタル、どっちが得意なの?」
みたいな話が飛び出した。
これは心にダメージを与える質問だ。
というのも……。
「ぶっちゃけ、どっちも得意じゃない。野球選手のくせに、投げるのも打つのも苦手みたいな」
「あっはっは! 弱々じゃん!」
「まあな」
ネット連載の4コマ。
あれはAllデジタルで描いている。
もちろん、デジ絵の練習というのもあるが、アナログの道具を買いそろえるのが面倒だった、というのが一番だ。
画材はけっこう高い。
プロ推奨のアイテムを買うと財布に響く。
学生とか駆け出しのマンガ家だとなおさら。
インク代やトーン代が要らないデジタルでよくない?
となるのは当然の流れだろう。
「これは俺の勝手な想像なのだけれども……」
理想が高い人ほど、Allアナログにこだわる気がする。
◯◯先生の熱狂的なファンなんです! みたいな描き手。
「レンちゃんは?」
「あの人は当然、Allアナログだ。もちろん、両親もな。死ぬまでAllアナログじゃないかな」
レンの場合、出血や擬音を描くのに、書道の小筆をつかったりする。
つまり、細部に限界までこだわり抜いている。
バリバリの本格技巧派なのだ。
「というか、超大物はなぜかAllアナログだよな。アシスタントさんを大量に抱える余裕がある先生な」
興味深いと思ったのは、とあるマンガ家がインタビューの中で、
『アナログからデジタルに乗り換えて、少しは楽になったけれども、1枚にかける情熱も薄まったような気がしたから、けっきょくアナログに戻った』
と発言したこと。
まさに目から
リョウの漠然とした疑問に答えを出してくれた気がした。
楽とか省エネだけが正義じゃない。
アキラ風に表現するならば、
『創造性とは、効率からもっとも遠い位置にいる』
というやつだ。
「有名な小説家でも、未だに紙と万年筆の人っているだろう」
「いるね。死ぬまで原稿用紙の人」
「絶対にパソコンで書いた方が楽だろう。でも、そういう人って、紙にペンを走らせる、という行為そのものが好きなんだと思う。だから、便利とか、速いとか、楽とか、そういうのは二の次なんだろうな」
「ポリシーがあるって好きだな」
「だよな。効率効率っていうけれども、そもそもニンゲン自体が非効率な存在なんだよ。だから、効率が口ぐせのニンゲンは、自殺志願者あるいは原理主義者じゃないかと思うことにしている」
いけない。
調子にのって語りすぎた。
「リョウくんのそういう話、おもしろいな〜」
「天使かよ」
相手を持ち上げるのが上手いから、アキラはモテるんだよな。
レジでお会計をした。
締めて4,000円くらい。
ケーキ代とかも払ってくれるみたいだし、来月の誕生日には、リョウがお返ししないと。
「タ〜ンタ〜タタ〜ンタ~~~ン♪ リョウくん、18歳の誕生日、おめでとう!」
BGM付きでお祝いしてくれた。
ありがとう、と礼を述べてから、アキラの気持ちを受けとる。
「僕がさ、よく口ぐせみたいにいうじゃん。マンガを描いているリョウくんを見るのが一番好き、みたいな」
「ああ、覚えている」
「嘘じゃないから。これからも、たくさんマンガを描いてくれたまえ」
照れるあまり、うなじの部分をかきむしった。
そんなリョウの反応を楽しむように、アキラは下からのぞき込んでくる。
「ちなみに、俺が好きなアキラの姿、TOP3を挙げておくと」
「あ、それは気になる!」
こほんと咳払い。
「これは殿堂入りだけど、
「時々やるよね。このっ! くそっ! 絶対許さない! みたいな」
アキラはそのシーンを再現してくれた。
「3位はあれだな。静かに本を読んでいるとき」
「いかにも僕っぽい。それで2位は?」
「ニャンコと遊んでいるとき。いや、ニャンコに遊ばれているときか」
「あっはっは! あの子たち、僕のことを格下だと思っているからな〜」
「そして1位は……何だと思う?」
「どうせエロいやつでしょ」
「半分当たり」
1位はアキラのキス待ち顔。
これが最強にグッとくる。
「え〜、どんな顔? 自分じゃよく分からない」
「鏡の前でやってみなよ。普通にかわいいから」
「今すぐ見たいな〜。スマホのカメラで撮ってよ」
キス待ち顔を撮ってから見せてあげると、アキラはぶっ壊れたみたいに笑いまくった。
「これ! 何かを我慢している顔だよ!」
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