第237話

 カラオケはアキラの独断場だった。

 アップテンポの曲からバラード曲まで、なんでも器用に歌いこなしていく。


 美声、かつ、すごい声量。

 サビの部分に入ったとき、リョウの肌がピリピリと震えた。


 アキラは本当に楽しそうに歌う。

 見つめているだけで楽しい。


「じゃあ、次がラストの曲」


 マイクを差し出してきた。

 リョウも一緒に歌いなさい、という意味らしい。


「俺は音痴おんちだぞ」

「大丈夫、音痴な人でも歌いやすい曲だから」

「やれやれ」


 デュエットすることに。

 アキラは頭から終わりまでイケメン声を貫いており、音域の広さに改めてびっくり。


「アキラの喉、どうなってんだよ?」

「天然のボイスチェンジャーなのです」


 たくさん歌ったせいで、アキラは腹ペコモードに。


 地図をチェックしながらケーキ屋へ向かう途中、外国の人から話しかけられた。

 一番近い地下鉄の駅はどっちですか? みたいな質問。


 あそこの信号を右に曲がって1分くらい歩いたら地下への降り口がある、という情報を、アキラはきれいな英語で伝えている。


 Thank you so much、という相手に、軽くwelcomeと返す。

 この日本人はデキると思われたのか、爽やかな笑みを残して去っていった。


「よくスラスラと出てくるな」

「えっへん、外国の人に道を教えるの、僕は得意なのです」


 アキラの長所をまた一つ見つけた。


 ケーキ屋に到着。

 7組くらい並んでいたけれども、アキラはスタッフさんに予約してあることを伝えた。


「わざわざ俺のために?」

「当然じゃないか」


 メニュー表を手にしたスタッフさんが戻ってくる。


「どうぞこちらへ」


 案内されたのは2階席。

 チェス盤のような白黒タイルとなっており、このマス目に合わせてチェス駒を用意したら、高さが1メートルくらいになるだろうな、ということは予想できた。


「なに考えているの?」

「おしゃれなカフェだと思ってね。特に床のタイル。チェス盤みたいだ」

「あっはっは、リョウくんなら、そういうと思ったよ」


 アキラはモンブランを注文した。

 リョウは迷った末、無難にチーズケーキをチョイスする。


 飲み物は2人ともコーヒー。

 たくさん種類があるけれども、こだわりを持つような歳じゃないから、オリジナルブレンドを選択しておいた。


「どうかな? いい雰囲気でしょう。大人っぽくて。一度だけママと来たことがあるんだ」

「まるで大人だな」


 リョウはぐるりと店内を見渡す。

 スーツを着ている男性に、休日を楽しんでいるレディ。


「子どもの俺たちが浮いている」

「でも、リョウくんは半分大人じゃないか」

「体つきだけな。中身はクソガキだ。マンガの原稿を持っていったら、まず日本語の間違いを指摘される」


 アキラはぷっと笑った。

 ここは大人の世界だから、子どもの話になんて、周りの人間は興味ない。


「18歳になったら、色々できるよ」

「たとえば?」

「クレジットカードを申請できるでしょ、自動車の免許を取得できるでしょ、あと結婚できるでしょ、馬券を買うのは……」

「たしか20歳からだ」

「そうだったね」


 そう考えると、たった1日で、壁の外側へ大ジャンプしたといえる。


「よくよく考えると、高校3年生で結婚している人もいるんだな」

「よくよく考えると、この日本に何人かはいるだろうね」

「それって、何気にすごいな」

「早熟という意味ではすごいね。平均より10歳くらい早い。かなりの偉業だよ」


 アキラの言い回しがおもしろくて、リョウは笑ってしまう。


「これは仮定の話なのだが……」


 冷たい水を一口飲んだ。


「アキラの誕生日に俺がプロポーズしたらどうする?」

「う〜ん、指輪は?」

「マンガの新人賞でもらった20万円が、ほとんど残っている。あと、俺のお年玉とかを足し算すると、そんなに高くない指輪なら買える」

「いいね、とても現実的なのに、夢がある話だね」


 アキラは頬杖をついてうっとり。

 向こうが視線をそらさないから、10秒くらい見つめ合うことに。


「じゃあ、結婚しちゃう?」


 そこが我慢の限界だった。

 アキラがくくくっと笑い出す。

 リョウも必死に笑いを殺す。


 この勝負は引き分け。

 リョウたちに結婚はまだ早い。


 オーダーしておいたケーキが運ばれてきた。


「あと、これを」


 注文していないチョコレートまで届いた。


「今日はリョウくんのお誕生日だから」

「マジか」

「サービスのチョコをくれる。いいお店でしょ。また来たくなるよね」


 誕生日にこんな活用方法があるということを、18歳にして、リョウははじめて学んだ。

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