第235話
もう何回も会っているのだから、着飾っているアキラを見ても、胸がときめくことはないと思っていた。
「お待たせ」
マンションのドアが開いて、ワンピース姿の女性が出てくる。
学校にいる姿とは完全に別人。
肩の下まであるロングヘアが高校生らしからぬ色気を振りまいている。
直視しづらい。
そのくらいの美人さん。
問題をさらに深刻にさせたのは、リョウの誕生日のため、アキラがおしゃれしているという事実。
無言の圧がくる。
手短に感想を述べなさい、と。
誇張でもなく、偽りでもなく、アキラよりかわいい女子をリョウは久しく見ていない。
「今日のアキラ、女優さんみたいだな。そのワンピース、新しく買ったのか?」
「そうだよ〜。腰のリボン、いい感じでしょ〜」
「アキラが日本一だ」
「それは褒めすぎ。街中に出たら、僕よりかわいい子なんて、掃いて捨てるほどいるから」
さっそく手をつないで歩いた。
ただでさえオーバーヒート気味の心臓が、ますますピッチを上げる。
「リョウくんの髪型も少し格好いいじゃん」
「だって、仕方ないだろう。アキラは目立つんだ。ボサボサだと恥ずかしいだろう」
「なにそれ。おもしろい」
太陽の光がアキラに当たらないよう、リョウは盾になってあげた。
今日は電車で都心までいく。
移動するあいだ、マンガのこととか、演劇のこととか、お互いの成長について語らった。
「この前さ、エミリィー先輩と、はじめて一緒にご飯を食べにいってさ」
「もしかして、ご馳走になったの?」
「そんなわけない。自腹だよ」
アキラが白い歯を見せて笑う。
そういう動作の一個一個が、いつもの3倍くらい愛らしい。
「そうだ、まだ口頭で伝えてなかった。リョウくん、お誕生日おめでとう」
「どういたしまして。アキラに祝ってもらうのは2回目だな」
「そういや、昨年って、何をプレゼントしたっけ?」
「帰り道のタコ焼きだな。600円くらいの」
「やすいっ⁉︎」
思い出に残るものを買ってあげる、と去年のアキラはいってくれた。
そこまでしなくていい、とリョウは断った。
友人なのだ。
数百円くらいが妥当な線だろう。
リョウも、その翌月にアキラの誕生日がきたとき、600円くらいの小説を買ってあげた。
恋人としての誕生日は今回が初。
ゆえに期待値がケタ違いなのだ。
「リョウくんの18回目の誕生日でしょ。カラオケでバースデーソングを歌ってあげちゃう。いちおう18曲用意してきたんだけれども、全部歌ってもいいかな?」
「えっ? そんなに歌ってくれるの?」
「もしかして、長すぎた? 嫌なら、30分くらいに収めるけれども」
「いや、全部歌ってほしい」
これはアキラの単独ライブ。
リョウ1人のために開催される限定イベント。
ちゃんと喉のコンディションを整えてきたんだ〜、とアキラが肩を揺らしたとき、リョウの心臓がキュンと高鳴った。
「アイドルかよ。キュートすぎるだろう」
「まあまあ、後でたっぷりと感想を聞かせてくれたまえ」
駅について、改札を抜けた。
アキラが通行人とぶつからないよう、リョウが手を引いてエスコートする。
「見て見て、あのドーナツ、おいしそう!」
とか、
「さっきの人の髪型、昔の貴族みたいじゃなかった⁉︎」
とか、都心にはアキラの興味を引くものがあふれている。
リョウは小型犬でも散歩させている気分になる。
「あれ? どこへ向かうんだっけ?」
「画材屋だろう。自分で立てた計画、忘れちゃったのかよ」
「そうだった。リョウくんの誕生日プレゼントを選ぶんだった」
「よく演劇の台本を覚えられるな、そんなので」
「あっはっは! 本当だね!」
今日の主役はリョウのはずだが……。
アキラの方が10倍くらい楽しそうなのは、どういう理屈だろうか。
「ねえねえ、都心にくると買い食いしたくなるよね」
アキラが指さしたのはアイスクリーム屋さん。
「やめておけ。アキラが腹痛になるかもしれない」
「じゃあ、あそこは?」
次に指さしたのはクレープ屋さん。
「けっこうボリュームがある。この後に食べるケーキと系統がかぶる」
「じゃあさ、じゃあさ」
とあるベーカリー。
カレーパンをお勧めしている。
これなら買い食いにぴったりだろう。
「2人で1個を分けよう。アキラは少食だからな」
「はいよ〜」
お店の軒先で小腹を満たした。
「リョウくんって、僕のこと、よく観察してるね」
「かわいいから、つい注目しちゃうんだよ」
「いやん」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ姿は、やっぱり小型犬みたいだった。
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