第230話

 掃除中、アキラが黒革のトランクケースを見つけた。


「なんだろう?」


 ドラマの場合、札束がぎっしり詰まっていそうなシーン。

 あいにく、中から出てきたのはマージャン一式だった。


「おお、美品っぽい」


 パイ、サイコロ、点棒、マット、ルールブック、etc……。

 思いがけぬ掘り出し物に、アキラの目が輝いている。


「ねえねえ、リョウくん、遊ぼう! 久しぶりにボードゲーム部らしいことをしよう!」

「別にかまわんが……掃除が終わってからな」


 リョウは汚れた雑巾ぞうきんをバケツの水で洗った。

 残りの窓もきれいにしていく。


 しかし、マージャンか。

 携帯のアプリで遊んだことはあるけれども、ルールに詳しくないんだよな。


「アキラって、マージャン知ってんの?」

「知らない!」

「だよな」

「この牌をつかって、神経衰弱をやればいいんだよ!」


 なるほど。

 牌は全部で34種類。

 内訳はというと……。


 数牌シュウパイと呼ばれるやつが1〜9まで。

 萬子ワンズ筒子ピンズ索子ソーズの3通りずつ。

 9かける3で27種類。


 あとは字牌ツーパイ

 東・南・西・北で4種類。

 ハクハツチュンで3種類。


 それぞれ4枚ずつあるから、合わせて136枚。

 トランプの神経衰弱の拡張版みたいなやつか。


「待たせたな」

「よ〜し、勝負だ」


 まずはマットの上に牌を広げて、ひっくり返していく。

 それが終わったら、手でガチャガチャとかき混ぜる。


「このジャラジャラいう音、いいな〜。気分だけは勝負師だよ」

「これ、先生に見つかったら怒られそうだな」

「お金を賭けていないからセーフだよ」


 サイコロを2つ転がして、出た目の合計が大きい人から先攻することに。


 リョウは4と5で合計9。

 アキラは2と6で合計8。

 よってリョウの番からスタート。


「アキラって、神経衰弱とか強そうだよな」

「むふふ、記憶力の良さに定評があるアキラさんなのです」


 一説によると、物の位置を思い出すゲームは、女性の方が得意なんだとか。


 とはいえリョウもマンガ家のはしくれだ。

 映像を覚えておく能力は、人並み以上だと信じたい。


「もし、僕がリョウくんに負けたら、語尾ににゃ〜をつけてやるにゃ〜」

「もう語尾が猫になっているじゃねえか」

「にゃはは〜」


 序盤はまったくそろわない。

 めくっては戻しての繰り返し。


「あ、スズメだにゃ〜。さっき見たやつにゃ〜」


 索子ソーズの1だけは、なぜか鳥のデザインとなっている。


「よしよし、1点ゲットにゃ〜」


 初得点はアキラ。

 そこから先は一進一退の攻防が続いていく。


「お、文字がたくさん集まってきたにゃ〜」


 アキラの手元に白が4枚、發が4枚、中が2枚そろう。


「これ、コンプリートしたら、すごい役が完成するにゃ〜」

大三元だいさんげんだな」

「よく知ってるにゃ〜」

「昔に読んだマンガで習ったんだよ」

「女子高生がノーパンチートやるやつにゃ〜」

「ノーパンチートいうな。アニメ化された、すごい作品なんだぞ」


 最後の中牌チュンパイをリョウが引いてしまう。

 この瞬間、アキラのコンプリート計画は、ガラガラと音を立てて崩れてしまった。

 本人は悔しさのあまり涙目に。


「リョウくん、その中牌を、僕の牌と交換してくれないかにゃ?」

「どうしよっかな〜」

「今なら東と西をセットにするにゃ!」

「仕方ねえな」


 トレードが成立。

 気づけばリョウの手元には、東南西北の風牌フォンパイが集まっている。


「リョウくんは方角をコンプリートするといいにゃ。ほら、北をトレードしてやるにゃ」

「じゃあ、スズメを輸出してやるよ」

「やったにゃ! エサにゃ!」

「食用かよ」


 最後はリョウが5連続でペアを完成させてフィニッシュ。

 集計してみると、70対66で僅差きんさの勝利となった。


 いや、待てよ。


 中と東西の1対2トレードがあった。

 あれがなかったら、完全にイーブンだったのか。


 まあ、いいや。

 アキラが忘れているから、リョウも知らないふりをしよう。


「負けたにゃ〜。悔しいにゃ〜」

「罰ゲームだな」

「仕方ない、あとでリョウくんにキスしてやるにゃ」

「いいの?」

「ただし、家に帰ってからにゃ。学校でやっているところを、理事長先生に見つかったら、ぶっ殺されて生皮をはがれるにゃ」

「それ、本人に聞かれんなよ」


 念のため、リョウは廊下と窓の外をチェックしておいた。

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