第229話

 始業式が終わると、ほとんどの生徒は帰り支度をはじめた。


 教室に残っているのはリョウとアキラ。

 あと、王子様とおしゃべりしたい女子が何名か。


「ねえねえ、不破くんと宗像くんって、そういう関係なの?」

「あっ! 知りたい! 例のうわさの真相とやらを!」


 気のせいかな。

 アキラが一瞬、ニヤリと笑ったような。


「そうだね、一言でいうと、僕もリョウくんもバイセクシャルな生き物かな。男だろうが、女だろうが、好きになってしまうんだよ。そんな深海魚みたいな2人が、広い大海原でたまたま出会ってしまった。ビビッとくるものがあるよね」


 キャッキャウフフの笑い声が響いてくる。


 こいつら、BLが好きな種族だな。

 人のことを妄想のエサにしやがって。


「今朝なんてさ、僕もドキッとしちゃったのだけれども……」

「なになに?」


 忘れ物を取りに戻ってきた女子が、耳をダンボにしている。


「3年生になったら、やりたいことあるって、リョウくんに質問したところ、驚きの回答が返ってきて……」


 おい、まさか⁉︎

 それだけはやめろ!


「僕とチュッチュしたい、てリョウくんがいったんだ。いくら練習でも、男同士のキスはね〜。後戻りできなくなるよね〜。女の子だったら許されるけどさ〜」

「きゃ〜!」

「ガチな関係じゃん!」


 大好物だよな。

 かくいうリョウもGLは嫌いじゃないが。


「宗像くん、ハッスルしすぎ!」

「人畜無害そうなふりして野獣だなんて!」

「きっと、いかがわしいマンガをネット販売しているんだ!」


 ガラガラガラッ〜!

 リョウの信用が音を立てて崩れていく。


「どうして、あんな話をしたんだよ。ゴシップ記事みたいな印象操作じゃねえか。たしかに、半分事実ではあるが……」


 職員室へ向かう道すがら、リョウは恨み言をいっておいた。


「わかってないな、リョウくんは」

「ん?」


 アキラいわく。


「リョウくん、表向きは彼女いないだろう。もしかしたら、リョウくんのことを狙う女子が出てくるかもしれないだろう。これは僕なりの予防策なのだよ」

「俺を独占するため、ねじ曲がったイメージを植えつけたってこと?」

「そうそう。リョウくんは誰にも渡さないのじゃ〜」


 アキラが両手を広げて通せん坊してくる。


「もし、リョウくんにれる女が出てきたら、そいつを僕に惚れせて、2人の関係を引き裂いてやる」

「すげぇ日本語だな。安心しろ、俺に惚れる女生徒はいないから」


 職員室では教師のミーティングがおこなわれていた。

 邪魔しないよう、そっと部室の鍵を回収しておく。


 1年生のとき、担任だった教師とすれ違う。

 どうも、と頭を下げておいた。


「さてさて、本年度1回目の部活をはじめますか〜」


 ボードゲーム部としての活動は約2週間ぶり。

 久しぶりに部室を掃除するか、という話になった。


「あ、そうだ。忘れないうちに……」


 アキラがノートを千切って、マジックペンで何かを書いていく。


『新入生の皆様へ

 ボードゲーム部は新規部員の募集を停止しております。

 ご理解、ご了承のほど、お願いします。

 部長 宗像リョウ』


 知らないうちに部長になっている。

 過疎系の部活あるあるだな。


「そういや、俺たちって、何月まで部活を続けられるの?」


 運動系の場合、夏の大会が終わるまでというルールがある。

 スポーツ推薦が取れている人は、その限りじゃないが。


「僕らは文化系だから。顧問が許可してくれたら、冬まで活動していいらしいよ」

「へぇ〜。初耳だな。ちなみに俺らの顧問って誰なの?」

「えっ? 知らないの?」

「知らん。だって、一回も顔を見せにこないし」

「部長なのに知らないんだ?」

「部長であることを60秒前に知ったよ」

「あの人だよ、ほら、リョウくんも何回か話したことある」


 倉橋トモエ理事長だった。

 学園のラスボスじゃねえか。


「それって、アキラが男装しているから?」

「うむ。元々は他の女性教師だったけれども、産休に入るとき、トモエ理事長にチェンジしたんだよ」

「へぇ〜、アキラは優遇されているな」

「逆だよ、監視の目だよ」

「アキラが女遊びしないように?」

「おい、その言い方は印象操作だぞ」

「アキラにいわれたくないね」


 水をむため、掃除ロッカーからバケツを取り出した。

 蛇口をひねったとき、勢いよく水道水が飛び出して、プールのようなカルキ臭をまき散らす。


「なんでカルキ臭って、クセになるんだろうな」

「わかる〜。ガソリンの匂いも中毒性があるよね〜」

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