第220話

 アキラの携帯が鳴った。


『アキちゃん、愛してる』


 レンからのメッセージ。

 いきなり告白もどうかと思うが、パンツ何色? よりは10倍マシだろう。


『僕も愛してる』

『相思相愛だね』


『相死相愛……』

『もし願いが叶うなら……』

『アキちゃんの手で安楽死させてほしい』


 おい、アキラ、だまされるな。

 四之宮先生のメランコリー、半分は偽装ファッションだからな。


『どうしたの?』

『嫌なことでもあったの?』


『読者アンケート、1位をとったでしょう』

『当面の目標がなくなったから……』

『とっても憂鬱ゆううつな気持ちになっている』


『ああ……』

『燃え尽きかな?』


『生きる理由がほしい』

『アキちゃん、ちょうだい』


『生きろ!』


『デートしたい』

『アキちゃんと2人でお出かけしたい』

『それだけが私の生きる希望……』


 けっこう狡猾こうかつだよな。

 アキラが断ったら、死ぬとか言い出す作戦じゃねえか。


「おい、アキラ、ミュンヒハウゼン症候群の患者と一緒だ。ホイホイ誘いにのったら、四之宮先生の症状が悪化するぞ」

「でも、僕が誘いを断ったら、レンちゃんは筆を折りかねない」

「あのなぁ……」


 チョロいよなぁ。

 底なし沼じゃねえか。


『次のGWまでに1回デートしよう』

『レンちゃんの都合がつく日でさ』


『いいの?』

『本当に?』


『ニャンコ愛好家は嘘をつかない』


『やった!』

『生きる気力が湧いてきた』

『ありがとう、アキちゃん』


『僕は演劇のレッスンをがんばるから』

『レンちゃんもマンガをがんばって』


『うん』

『ファイトだね』


 ほくそ笑むレンを想像して、リョウは悔しさのあまり天井をあおぐ。


「どうしたの、リョウくん? 僕とレンちゃんのデートに反対なの?」

「あえていわせてもらうと……。まず、デートという呼び方が気に入らない。あと、四之宮先生のやり口が気に入らない。アキラの好意にどっぷり甘える感じが好きじゃない」

「そうかな。メンヘラチックなところが愛らしいと思うけれども」


 どうせアキラのことだ。

 僕が支えてあげなきゃ、とか考えているのだろう。


「仮にだよ、俺がメンヘラになったらどうする?」

「女の子のメンヘラは許すけれども、男の子のメンヘラは許さない」


 思いっきり男女差別じゃねえか。


「あと、リョウくんは絶対にメンヘラにならない」


 あ〜あ。

 百合マンガでも描くかな。

 アキラとレンをモデルに採用したら、小ヒットするかも。


 キャラの見た目は……そのまんまでいいや。

 2人とも百合マンガ映えするルックスだから、下手にいじくるよりマシだろう。


 て……。

 レンが喜ぶだけの企画じゃねえか。


「じゃあ、僕は更衣室へ向かうから」

「またな」


 1人になったリョウは、劇団のカフェテリアへ向かった。

 コーヒーを注文して、ネームの続きを描いていく。


 アキラが戻ってくるまで2時間半はある。

 4P目標でやってみるか。


 団員らしい人が時々通りかかった。

 黙々とマンガを描くリョウのことを、物珍しそうに見ている。


 すげぇな、レンは。

 学校でずっとマンガを描いていたのか。


 リョウは友だちとおしゃべりしていた。

 あるいは、くだらない遊びに費やしてきた。


 1日1時間。

 1年で365時間。

 そういう積み重ねが2人の技量の差なのだろう。


 だから、文句はいわない。

 レンは純粋にすごい。


『カナタ先生……』

『ちゃんとマンガを描いてる?』


 ふいにレンからメッセージが送られてくる。


『お疲れ様です』

『いまカフェの隅っこで描いています』


『これが今日の私のスケジュール』

『参考までに共有しておく』


 ぺろり、と画像が送られてきた。


 6時半に起きて24時に寝るまで。

 作業 ⇨ 食事 ⇨ 作業 ⇨ 休憩 ⇨ 作業 ⇨ 整体 ⇨ 作業 ⇨ 散歩 ⇨ 作業 ⇨ 食事 ⇨ 作業 ⇨ 入浴 ⇨ 作業……

 という流れが続いている。


 嫌味なやつめ。

 自分の方が忙しいというアピールか。


『一緒にがんばろうね』


『そうですね』

『一個だけ質問なのですが……』

『四之宮先生のメンヘラ属性……』

『ファッションですよね?』


 返信がくるのに、しばらく時間がかかった。


『この手の問題に首を突っ込みすぎない』

『それが長生きするコツ……いいね?』


 ヤンデレ娘のスタンプが10個くらい連打されてくる。

 ブルブルっと寒気を感じたリョウは、携帯をカバンに突っ込んでおいた。

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