第215話

 四之宮レンのプリティーさが増した。

 元々、首から上は文句なしにプリティーだったけれども、全身のコーディネートが一気に垢抜あかぬけた。


 白Tシャツに花柄のガウン。

 下はダメージ加工されたデニムと厚底のスニーカー。

 胸のところで光っているのは、アキラからもらった誓いのペンダント。


 あ〜。

 こんな女の子、都内で見かけるわ〜。

 服飾の大学に通っている姉のカナミも、似たようなファッションだったな。


「どうしたの、四之宮先生? それ、アキラに選んでもらったの?」

「うん、こういうコーデの方がかわいいって」

「へぇ〜」


 ここは出版社のマンガ編集部である。

 いつものごとく氷室さんをコールして、いつものごとくブース席で待たされていると、たまたまレンが通りかかった。


 昨日がデートだったと聞いていたが……。

 アキラとは直接会っておらず、たくさん買い物した、としか教えてもらっていない。


「アキちゃん、とてもオシャレさん」

「そうだな。アキラは親と兄がオシャレだからな」

「また一緒に買い物にいきたい」


 アキラを貸してってこと?

 リョウはポカンと口を開ける。


「たしかに、俺とアキラは、恋人みたいな仲だけれども、俺がアキラの行動に口出しすることはないよ。アキラがOKしたなら、買い物くらい、いつでも2人でいきなよ」

「ううん、そうじゃないの」


 レンのローツインが左右に揺れる。


「いちいち、カナタ先生の許可が欲しいの」

「なんで? あまり意味はないと思うのだが……」

「本当はアキちゃんを貸したくないけれども、相手が四之宮レンだから、仕方なく貸してやるか〜、とカナタ先生に思わせることで、私としては、アキちゃんをじわじわ奪っている気分に浸れる。小さな優越感が欲しいの」


 こいつ……。

 性格が悪いな。

 あまりの悪女っぷりに、リョウは顔をしかめる。


「つまり、俺にマウントをとって遊んでいると?」

「性格が曲がっていると思ったでしょ。でも、私、この世でアキちゃんしか友人がいない。この友情を、ただの友情で終わらせたくない。わかるかな?」

「あれだよね……私たちの友情パワーは無敵みたいな」

「そういうこと」


 レンがクソ真面目にいうから、リョウは失笑してしまった。


「ごめん、失礼しました」

「それより、カナタ先生は誤解している」

「はぁ?」


 レンは向かいに腰かけると、


「訂正」


 ピシッと指を立てた。


「私はアキちゃんが欲しいけれども、本当は欲しくない。わかるかな?」

「ごめん、日本語が高尚すぎて、何を伝えたいのか不明だよ」

「あ〜ん、え〜と……」


 アンニュイだった表情が、泣きそうな子どもみたいに変わった。


「私はカナタ先生に危機意識を植えつけている」

「ああ……マンガ家として成功しないと、アキちゃんは私がもらっちゃうぞ、みたいな」

「そういうこと。ラスボスの役割。本当はがらじゃないけれども」


 リョウをきつけたいのか。

 これほど不器用な親切さ、出くわしたのは初めてだ。


「カナタ先生がへっぽこマンガ家だと、アキちゃんが困る。アキちゃんが困ると、私が困る。そういった方が、理解しやすかったかな?」

「うん、100倍くらい伝わりやすいだろうね」

「ごめん、私にもアキちゃんくらいのコミュニケーション能力があれば……なんか、死にたくなってきた」

「いやいや、謝らないでくれ。俺が余計にみじめになる」


 レンはカバンに手を突っ込むと、アーモンド小魚のカップ容器を取り出して、どかん! とリョウの前に置く。


「これ、支援物資」

「新品だけど、もらっていいの?」

「アキちゃんを貸してくれたお礼。悔しいけれども、カナタ先生の話をするとき、アキちゃんは幸せそうな表情をしていた。わかるかな?」

「もしかして、四之宮先生、俺に妬いている?」

「そのセリフを吐いていいのは、この世で、カナタ先生だけ。いいね?」


 殺意の波動みたいなやつが伝わってきたので、リョウは慌てて首を縦にふる。


「私はがんばる。カナタ先生もがんばる。アキちゃんはハッピー。それで円満解決。世界のバランスは保たれる」

「わかったよ。俺が実績を積めばいいんだろう」

「そういうこと」


 レンが下手くそな笑顔をくれる。

 そこに携帯を手にした竜崎さんがやってきて、あっ! 見つけた! と大きな声で周りの耳目を集めた。


「いや〜ん、レンちゃん、今日の服装かわいい〜! 急にどうしたの? もしかして、恋に目覚めちゃった?」

「竜崎さん……苦しいです……」


 レンの体をぎゅうぎゅう抱きながら、どこかへ連れ去ってしまった。

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