第205話

 そして月曜日。

 リョウが制服に着替えていると、携帯が鳴りはじめた。


「ん? アキラか」


 用件は何となく察しがつく。

 風邪を引いたから学校を休む、という話だろう。


「もしもし、リョウくん」

「ひどい声だな。ガラガラじゃねえか」

「ごめん、僕は今日、学校を休むから。明日はいけると思う」


 やっぱり風邪か。

 昨日の気温、3月にしては寒かったもんな。


「熱、何度あるんだよ」

「いやいや、筋肉痛」

「はぁ?」

「だから、筋肉痛で休むんだよ。熱も測ってみたけれども、普通に平熱だよ」

「ああ……休む理由が筋肉痛ね。ようやく理解した」

「先生には風邪と伝えるから」


 びっくりだな。

 筋肉痛で休む人間なんて、この世に存在するんだ。


「そんなにすごいの? 筋肉痛?」

「ヤバい。まともに立ち上がれないレベル。夜中に痛みで目覚めて、トイレに向かうとき、10分かけて床をいました」


 いも虫じゃねえかよ。


 幸いなことに、今日は不破パパが非番の日。

 ずっと家にいるから介護してもらえるそうだ。


「せっかくの非番なのに、娘の介護とか、大変だな」

「これも親子のスキンシップなのです」


 パパ〜! おしっこ〜!

 とかいうのかな?


 いいな。

 リョウもアキラを介護したい。

 濡れタオルで背中ふきふきとか。

 食事をつくってお口をあ〜んとか。


「というわけで、僕は今日、トオルくんからもらった台本を読み込みます」

「楽しそうだな、おい」

「リョウくんは一人でがんばってくれたまえ。僕がいなくて寂しいだろうが」


 そこで電話は終わった。

 リョウは身なりを整えて、家から出発する。


 一人で登校か。

 初めてじゃないけれども、久しぶりだな。

 話し相手がいないから、一駅から一駅の区間が、いつもより長く感じられる。


 学校に到着。

 下駄箱のところで、さっそく声をかけられた。


「ん? 宗像、今日は一人かよ」


 ミタケだった。

 バスケの朝練が終わった直後らしく、髪がびっしょり濡れている。


「今日はアキラが風邪なんだよ」

「へぇ〜、めずらしいな」


 教室まで一緒に向かうことに。


「それより、雪染さんとの仲はどんな感じなんだよ」

「べっ……別に……普通だよ」

「普通にラブラブってことね」

「あのな……3年生になったら、お互い受験とか意識するだろう。それに来年度も一緒のクラスになれる保証はないし」

「ああ、たしかに」


 クラス替えか。

 すっかり忘れていたな。


『学園祭の女装コンテストに出場して、アキラが優勝したら、来年度もリョウたちを同じクラスにしてあげる』


 あの約束をキョウカは覚えているのだろうか。

 あとで本人に確認しよう。

 忘れていたら辛い。


 教室の入り口のところでアンナと出会った。

 キラキラの笑顔がまぶしい。


「おはよう、宗像くん」

「おはよう、雪染さん」


 それからアンナはミタケの方を向き、


「おはよう、ミタケ」

「おはよう、アンナ」


 恋人らしいあいさつを交わす。


「いいな、君たち、下の名前で呼び合うなんて」

「はぁ? 宗像と不破だって、似たようなものだろうが」

「そうだよ。不破くんのことをアキラと呼べるの、宗像くんの特権なんだよ」


 それからアンナはキョロキョロする。


「あれ? 不破くんはお手洗い? 宗像くんが一人なんてめずらしいね」

「アキラは風邪だから。今日はお休み」

「それは大変! あとでお見舞いメールを送らないと!」


 ええっ! いいな!

 リョウなんか、お見舞いメールもらったこと、人生で一度もないぞ。


 1限目が始まるまでの間、リョウはマンガを読みながら過ごした。

 すると背後から手が伸びてきて、頬っぺたをツンツンされる。


「む〜な〜か〜た〜。マンガの持ち込みは校則違反だぜぃ」

「いやいや、この2年間、一度も没収されたことないから、バレずに読めば大丈夫」

猛者もさかよ」


 遊び人みたいな少女、キョウカだった。

 リョウからマンガを取り上げると、ニヤリと笑い、


「うわっ! 宗像が朝からBL本読んでる! 不破キュンがいないから、欲求不満なんだ! さかりのついた猿かよ!」


 クラス中にアナウンスした。


 これは好ましくない現象だ。

 一部の女生徒が明らかに興奮している。


「神楽坂さん、嘘はよくない。それはBL本じゃないし、俺は欲求不満じゃない」

「にゃはは〜。どんな嘘だって、みんなが信じれば真実になるのさ〜」

「おい……」


 ガラッとドアが空いて、隣のクラスの担任が入ってきた。

 リョウたちのところまで一直線に歩いてくると、


「学校でBL本を読むなんて、聞き捨てならないわね」


 マンガを回収されてしまう。


「いや、それ、普通の少年マンガなんで」

「なんだよ、普通のマンガかよ、ツマンネ、いらね」


 がっくりと肩を落として去っていった。


 あぶねぇ……。

 18禁寄りのマンガなら確実に没収されていた。


「放課後、部室でね」


 キョウカは意味ありげに小指を立てて去っていった。

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