第206話

「どう? おいしい?」

「そりゃ、美味うまいよ。都内の名店のやつだろう」


 リョウは部室でモナカを食べていた。

 向かいにはキョウカが座っており、ちょこん、と頬杖ほおづえをついている。


 パリッとした皮の中に甘すぎないこしあんが入ったやつ。

 サイズも控えめであり、5個だろうが10個だろうが、ずっと食べていたくなる味わいだ。


 くれたのはキョウカ。

 理事長のお土産をくすねてきたらしい。


 リョウに食べ物をくれるということは、何らかの要求をしてくる腹づもりであり、その点だけが気がかりといえる。


「でさ、宗像にお願いがあるのだけれども……」


 ほら、きた!


「ちょっと待った。それなら俺が先だ。クラス替えのやつ。俺とアキラを同じクラスにする、みたいな夏休み前の約束」

「ああ、アレね。もちろん守るよ。クラス分けが確定するのは、これからだけれども、宗像と不破キュンは一緒のクラスにする」

「疑うわけじゃないけれども、本当にできるの?」

「できるもなにも……」


 キョウカは自分の顔を指さしながら、


「クラス分けの草案をつくるの、私なんだぜぃ」


 と事もなげにいってのけた。


「へぇ〜」


 リョウは食べかけのモナカを落としそうになる。

 それを見たキョウカが猫みたいに笑う。


「不破キュンでしょう、宗像でしょう、あと私でしょう。この3人は絶対に一緒だよね。あと、私はアンナと一緒がいいかな。恋人との仲を裂いたら可哀想だから、キングも一緒だよね。それから、それから……」


 高校3年生は勝負の年。

 今後の人生を左右しかねない。


 メンタルを崩す生徒が出ないよう、クラス内のトラブルが起きないよう、キョウカなりにベストの組み合わせを目指そうと努力しているっぽい。


「神楽坂さんって、うちの学年の顔と名前、すべて覚えているの?」

「当たり前だろうが。誰と誰が仲いいとか、どのくらいの成績とか、頭にすべて入っている」

「俺の成績も?」

「まあね〜」


 うわっ、恥ずかしい。

 これも理事会メンバーの特権か。


 ともかく、キョウカの口から十分な情報を引き出せたことに、リョウは満足する。


「そんで? 神楽坂さんが知りたいことって?」

「ねえねえ、トオルさんの劇団へいってきたんでしょ。どんな感じだった?」

「どんな感じだったと質問されてもな〜」


 トオルは座長。

 みんなのまとめ役。

 普段の優しい姿からは想像できないほどメンバーには厳しく当たっていた。


 ということをリョウは覚えている限り話した。


「いいな〜。私も劇団にいるトオルさんを見たいな〜」

「見学とかできないの?」

「そりゃね、関係者以外立ち入り禁止だからね。それに私みたいな美少女がトオルさんの周りをウロウロしていたら、スキャンダル確定だろうが〜。トオルさんは人気上昇中だから、とってもデリケートな時期なの〜」

「自分で自分を美少女って……」


 神楽坂キョウカという女の子は、リョウが思っているより数倍、おもしろい人間なのかもしれない。


「ふ〜ん、不破キュンもお兄さんの背中を追いかけはじめたんだね」

「アキラが劇団のレッスン生になったことも知ってんだ?」

「知ってる、知ってる。筋肉痛で休んだことも知ってる」

「ぶっ!」


 リョウは自分の胸をトントンする。


「不破キュン、かわいいよね〜。がんばりすぎて筋肉痛なんて健気けなげすぎん?」

「まあね……人間臭いところが、アキラらしいといえる」

「でも、どしたん? やる気に火がついたの?」

「いろいろと事情があってだな」


 四之宮レンとの再会について話そうかリョウは迷った。

 でも、アキラの口から話した方がいいだろうと思い、黙っておくことに決めた。


「ボードゲーム部ってさ、何時まで営業しているの?」

「特に決まっていない。今日はアキラがいないから、長く残るつもりはない」

「じゃあさ、じゃあさ、これから不破キュンの家にいこう。どうせプリントとか届ける予定なんでしょう。私もお見舞いのモナカを持っていくからさ」

「別にかまわないが……」


 でも、待てよ。

 リョウとキョウカが仲良く下校している。

 そんな姿を他の生徒に見られちゃったら……。


「神楽坂さんは、実は俺に気があって、アキラがいない隙を狙ってきた、みたいな噂が立たないだろうか?」

「アホか! ボケ! エロ宗像! ラブコメの読みすぎなんだよ! 小学生みたいな想像するほど、この学校の生徒はヒマじゃないんだよ!」

「おっしゃる通りで」


 キョウカの怒った顔も、まあまあ愛らしかったりする。

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