第202話

 アキラは愛されキャラだ。


 学校では周りから王子様としてあがめられ。

 家庭ではちょうよ花よと愛されて育てられた。


 そんなアキラの前に登場してきた難敵、エミリィー先輩。

『バカ! アホ! マヌケ! おたんこなす!』と1年分の屈辱を与えてきた。


 アキラ、怒ったよな?

 ヘソを曲げて「もう帰る!」と言い出すのでは?

 リョウが心配になるくらいには、わんわん泣いていた。


「どうしたの、アッちゃん?」


 スポーツドリンクを片手に持ったトオルがやってきて眉をひそめる。


「これは大人の洗礼ってやつです」


 本人の代わりにリョウが答える。

 トオルは妹をなぐさめるかと思いきや……。


「うわっ……ダサッ」


 追い討ちをかけた。


「高校生のくせに人前で号泣とか……レッスン初日にギブアップとか……ダサッ、ダサッ、くそダセェ」


 アキラの泣き声がピタリと止む。


「どうせ、エミリィーに怒られたんだろう。アッちゃん、体力ねえからな。それって100%自業自得じゃねえの?」


 うわぁ、容赦ようしゃない。

 タオルに隠れて表情は見えないけれども、アキラの手は怒りでわなわなと震えている。


「あと、泣くなら隠れて泣け。人前で泣くな。みっともない。そんなやつは負け犬だ。お前はいま、この地球上で最高に負けている」


 トコトコトコ。

 好き放題吐き捨てたトオルが去っていく。


「ま〜け〜い〜ぬ〜だ〜とぉ〜」


 バシンッ!

 アキラは涙を吸ったタオルを床に叩きつけた。

 もう見えないトオルの背中に向かって、


「トオルくんのアホ〜!」


 と全力で吠えている。

 その声はレッスン室にも届いたらしく、5秒くらい時間が停止したみたいになった。


「出られるのか、次のレッスン?」

「出る!」

「トオルさんの発言、安い挑発だろう。あっさり乗るなよ」

「許せん! ボコボコにしてやる! ハラスメントだ! あいつ、モラハラ兄だ! 絶対に見返してやる!」


 おいおい。

 けっきょく、挑発に釣られるのかよ。

 トオルは妹をコントロールするのが上手いな。


「あら? 次のレッスンに出るって本気かしら?」


 アキラを凹々ボコボコにした張本人。

 エミリィーが腰に手を当てて仁王立ちしている。


「レッスン生はお客様扱いだから。休みたい日は休んでいいのよ」


 あっ! マズい!

 いまのアキラは狂犬モード。

 絶対に反撃するかと思いきや……。


「エミリィー先輩、先ほどは失礼しました!」


 ぺこりと頭を下げる。


「ご指摘いただいた通り、現在の僕は役立たずのおたんこなすです! 1日でも早く十分な体力をつけるので、次のレッスンもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」

「はぁ? あなた、さっきのでりてないの?」

「懲りています!」

「じゃあ、なんで?」

「一回折れて、立ち直りました!」

「ふ〜ん」


 アキラの態度から何かを感じとったらしい。

 エミリィーは指先でツインテールの先端をいじくった。


「とりあえず、涙でぐしゃぐしゃの顔、洗ってきなさい。私が不当な理由でいじめたみたいじゃない」

「はい!」

「あと、さっきの発言、取り消すわ。体力も根性もない、といったやつ。根性だけは備わっているみたいね」

「ありがとうございます!」


 アキラはトイレの方へダッシュする。


 よかった。

 アキラが復活してくれて。


 あの子、感情の総量みたいなやつが多いんだよな。

 だから浮いたり沈んだりの振れ幅も大きい。


 それがアキラの魅力であり原動力なのだが……。

 今回のように衝突を招くこともある。


 がんばれ、アキラ。

 四之宮先生だって、お前を応援している。

 それは幸せなことなんだ。


「あなた、あの子の恋人なの?」

「そう見えますかね?」

「うわっ! さむっ! 釣り合わない、て答えを期待しているの?」

「そういうわけでは……」


 やっぱり苦手だな、エミリィー先輩。

 リョウとは波長が1ミリも合わないよな。

 そりゃ、悪い人じゃないけれども。


「ん?」


 自販機の陰。

 トオルがこっちを見ていた。

 アキラとエミリィーが和解したことに満足したのか、わずかに目を細めていた。

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