第201話

 そして日曜。

 アキラのレッスン初日がやってきた。


 この日のメニューは基礎体力トレーニング、発声トレーニング、演技指導の3つ。

 若獅子シンバの団員が指導してくれるらしく、トオル、カトリ、エミリィーも顔を出すそうだ。


 レッスル生は20代の女性が多い。


 本気で演劇をやりたい大学生とか。

 お稽古けいこの一つとして習っている社会人とか。


「あっ!」

「トオル様だ!」

「今日も格好いい!」


 もちろん、トオル様ファンも少なくない。

 合法的にアイドルに会えるし、劇団としてはもうかるし、両者ともハッピーってやつかな。


「じゃ〜ん、着替えてきました」


 アキラはTシャツにハーフパンツという組み合わせ。

 スラっとした手足が映えている。


 いいな〜。

 日本人らしからぬルックス。


 とはいえ、日本人は胴長だから、レスリング王国になった、という説があるのだが……。

 あと、水泳も胴長のスタイルが理想的らしいが……。


 要するに価値観だ。

『日本人は短足胴長でうらやましいわ〜』

 という声があることを忘れてはならない。


「それじゃ、いってきます!」

「おう、がんばれ」


 リョウはベンチに腰かけた。

 レッスン室はガラス張りになっており、トレーニング風景を外から見学できる。


「それでは、柔軟からはじめます。ちょっと痛いくらいというか、気持ちのいい痛さを心がけて、無理はしないでくださいね」


 またを開いたり、体を折り曲げたり。


 さすがレッスル生に応募してきた集団だ。

 一般人ばなれした柔らかい体の持ち主ばかり。


 おおっ!

 アキラも柔らかい!


 いいな。

 バレリーナの開脚、披露ひろうしてもらおっかな。

 片足を抱いて180度くらい開くやつ。


 そっか、そっか。

 普段から自宅で柔軟のトレーニングは積んでいたらしい。


「次は動的ストレッチをやります。ペースが上がっても、がんばって着いてきてください」


 運動量が上がった途端とたん、アキラの動きが怪しくなった。

 誰よりも先に息が上がり、1人だけ遅れ出したのである。


 あちゃ〜。

 アキラの体力、小学生だもんな。

 ガラスの向こうから、がんばれ、と念を送ってみる。


 休憩のとき、アキラはその場にダウンした。

 すぐにコーチの団員が駆けつけて、


「苦しかった? ちょっと水分補給して休もっか?」


 落ちこぼれのレッスル生を気づかっている。


 アキラは満足な返事もできないグロッキー状態。

 しかもタイミングが最悪なことに……。


「ふ〜ん」


 やべぇ。

 エミリィーがやってきた。


「あんな、バッカじゃない! そんなので団員を目指すですって⁉︎」


 ここから先は毒舌のオンパレードだった。


「体力なさすぎ! というか、演劇をめすぎ! ここは学校の演劇部でやるようなお遊戯ゆうぎとは違うの! そこらへんを理解しなさい! あ〜、ヤダヤダ、これだからお花畑ちゃんの面倒を見るのは……」


 他の団員がまあまあと止めたが、エミリィーはその手を突っぱねる。


「バカ! アホ! マヌケ! おたんこなす! レッスン生に応募する前に、もっとやるべきことがあったでしょう⁉︎ この一年、何をやってきたの⁉︎ 正直いって、小学5年生の私の妹の方が、あんたなんかより体力も根性もあるわよ!」


 ゲホッ! ゲホッ!

 アキラはむせながら立ち上がる。


「僕は急がないとダメなんです」

「はぁ? アカデミー賞でも目指しているわけ?」

「そうじゃないですが……最短で追いつくって約束したので……」


 その発言はエミリィーをイラつかせたらしい。


「はぁ〜、バッカじゃない! 演劇は体力勝負なのよ! スポーツと一緒なのよ! 体力がないと練習に耐えられないのに、あなた、そんなヒョロヒョロの体でステージに立つつもりなの⁉︎」


 マシンガンのようなお説教は3分くらい続いて、見守るしかできないリョウの心まで痛くなる。


「エミリィー、そのくらいで許してやりなって」


 カトリがやってきてストップをかけた。


「他のレッスン生が怯えているよね。ここは楽しく学べる、がモットーじゃないの?」

「ふんっ! 知らない! 私は真実を教えただけだからね!」

「お前なぁ……」


 これはキツい。

 たぶん0点の評価をもらった。

 アキラにとっては人生初の赤っ恥だろう。


「あ〜、ほらほら、泣かない、泣かない」

「うぅぅぅぅ〜」


 人前で泣きじゃくるアキラの顔に、カトリは優しくタオルをのっけた。


「とりあえず、休もっか。これ以上やったら、体がぶっ壊れるし。あと、エミリィーのこと、許してくれとはいわないが、演劇を愛しているから言い方もキツいってこと、理解してやってくれないかな」


 リョウは頭を下げてからレッスン室に立ち入った。

 動けないアキラを回収して、もう一度頭を下げて、ベンチまで戻る。


「うわあぁぁぁ〜ん! リョウく〜ん!」

「ひどい災難だったな」

「悔しいよぉ〜!」


 赤ちゃんみたいに号泣しまくり。


 大ダメージだろうな。

 この一年、何をやってきたの⁉︎ の一言は。


 仕方ない。

 アキラが立ち直ると信じるしかない。


 ずり落ちそうなタオルの位置を、リョウはそっと直してあげた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る