第200話

「いくらトオルさんの妹だからって、ただのレッスン生なのよ⁉︎」


 エミリィーの言い分はこうだ。

 アキラを私に押し付けるなら、それ相応の理由を教えてちょうだい、と。


「う〜ん……ただのレッスン生ねぇ」


 トオルがめずらしく口ごもる。

 その態度からは、エミリィーの実力を認めて一目置いていることが伝わってきた。


 にしても、この女性。

 プライドの塊って感じだから、リョウが一番苦手なタイプだ。


「よろしくお願いします、エミリィー先輩」


 アキラがタタタッと近づいた。


「ご指導ご鞭撻べんたつのほど、よろしくお願いします」


 ニコニコニコ。

 人好きのする笑顔で抱き込もうとしているが……。


「ふ〜ん」


 エミリィーには効果がいまひとつのようだ。


「エミリィー先輩の先ほどの演技、とても感銘かんめいを受けました」

「あら? そう?」


 ツインテールが少し反応した。


「主人公なのに、あまり目立つことなく、周りのメンバーの魅力を十二分に引き出す。まるでオーケストラの指揮者みたいに。個性も役割もバラバラのメンバーを、エミリィー先輩が裏からまとめていました」

「へぇ〜、あなた、見るべきところは見ているのね」


 エミリィーはお姫様みたいな仕草で髪をかき上げる。


「そうよ。私はトオルさんから、今あなたがいった役割を与えられているの」


 アーサー姫のもっとも難しいところ。

 エミリィーの匙加減さじかげんひとつで、舞台のテイストがガラッと変わる。


「さすがです! 全体を俯瞰ふかんするなんて! あとで秘訣ひけつなどを教えてください!」


 出た!

 アキラの特技!

 すり鉢がぶっ壊れるくらいのゴマすり。


「ふ〜ん、あなたがちゃんと会得できるかしら」


 エミリィーは満更まんざらでもない様子。

 こりゃ、典型的なツンデレだな。


 うまく打ち解けたかに見えた2人だが、次のトオルの発言が、すべてを台無しにする。


「ああ、そうそう、アッちゃんをエミリィーに預ける理由だけれども、2人のタイプが似ているから。ポジションが被るから。テクニックの吸収が早くなるだろう。それにエミリィーだって、アッちゃんを指導していたら、何か得るのもがあるかもしれない」

「はぁ⁉︎ 私と新入りのポジションが被るですって⁉︎」


 エミリィーの顔がまっ赤になった。

 何やってるの⁉︎ トオルさん⁉︎


「こんなやつが⁉︎ モヤシみたいな女が⁉︎ 私の立場を脅かすってこと⁉︎」

「あわわわわっ⁉︎」


 肩を揺すられたアキラが、目をクルクルさせている。


「ありえないわ! あなた、いい度胸ね!」


 ドンッ!

 突き飛ばされてよろめいた。


 リョウは慌てて支えようとしたが……。

 ふんっ! アキラは自力でふんばる。


 まさかの戦争か。

 女と女のぶつかり合いか。

 アキラの性格からして、一歩も退かないシチュエーションなのだが。


「そんなこと、僕は思っていませんよ〜。トオルくんも、誤解を招くような言い方はやめてください。エミリィー先輩に失礼じゃないですか〜。こんなに演技がうまい人なのに、ポジションが被るとか、ありえないですよ〜」


 ゴマすり再開。

 バトルの気配が遠かったので、トオル以外のメンバーは胸をなで下ろしている。


「とりあえず、エミリィー先輩のアンダーに選ばれるのを目標にしますね〜」


 アンダーというのは、アンダーキャストのこと。

 メインキャストに万が一の事故があったとき、代わりにステージに立つ人だ。


「ふ〜ん、せいぜい努力することね」

「は〜い」


 ニコニコニコ。

 最後まで笑顔をキープできるアキラは、明らかに名役者だった。


 ……。

 …………。


 帰りの電車の中にて。


「くそっ! くそっ! くそっ! トオルくん、なにを考えているんだ⁉︎ わざわざ火に油を注ぐような真似しやがって⁉︎ こっちは周りの人から嫌われないよう必死なのに!」


 アキラが狂犬みたいに荒れていた。


「だいたいエミリィー先輩だってな! 僕より数年早く生まれたから、向こうが格上というわけであって、抜き去るのは時間の問題だからな! 僕のトレーナーに選ばれたことを、いつか名誉に思わせてやる!」

「すげぇ、大口だな」

「むがぁ〜!」


 大変だな。

 才能ある人は。

 油断すると敵をつくる。



《作者コメント:2021/03/04》

Special Thanks, 200 episodes!!!!

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