第196話

「あれ? あなたは……」


 アキラの履歴書りれきしょに目を通した受付のお姉さんは、困ったように眉を八の字にした。


 やっぱり18歳以上でないと拒否されるか。

 冷たい汗のようなものがリョウの背中を伝う。


「この春に高校を卒業……じゃなくて……この春に高校3年生になるのよね」

「はい、そうです」

「ちゃんと募集要項は読まないとダメよ。うちの劇団が募集しているレッスン生は……」

「いえ、いいんです!」


 アキラはカウンターに身を乗り出した。


「僕は有望株なんです。そこらへんの素人とは実力が違うのです」

「はぁ……」


 呆気あっけにとられたお姉さんは目をパチパチさせる。


「犬神トオルの妹なんです。だから、特例なんです。本当なら別の劇団に入る予定でしたが、どうしてもと勧誘されたので、ここに足を運んだわけです」


 すげぇ。

 いきなり嘘をつきやがった。

 しかも、上から目線。


 なんだ、なんだ、みたいな声が周りから聞こえる。

 リョウとしては気が気じゃない。


「ああ、不破さん……たしかに、トオルさんと同じ姓……じゃあ、妹さんが面接を受けにくるっていうのは、あなたのことなのね」

「はい、僕のことです。不本意ですが、目元がちょっと兄と似ています」

「そうね。失礼しました」


 お姉さんの態度が変わった。

 これがトオル兄貴のパワーか。


「付き添いのあなたはこっちの紙に情報を書いてちょうだい」

「はい」


 リョウは氏名、年齢、やってきた目的などを埋めていく。

 オレンジ色のストラップを渡されたので、首からかけておいた。


「そこのベンチで待っていて。時間になったら声をかけるわ」


 まずは第一関門。

 受付をスルーできたことにひと安心する。


 しかし、気まずい。

『あれってトオルさんの?』

『妹がやってくるって本当なんだ?』

 みたいな視線がグサグサと突き刺さる。


「おい、アキラ、思いっきり見られているぞ。あの態度はさすがにマズかったんじゃ……」

「いいんだよ。役者っていうのは度胸なんだよ。ここにいる全員が僕のライバルなんだ」


 うわぁ。

 すげぇ新人、連れてきちゃったよ。


 あれと似ている。

 スポーツマンガの主人公。

 入部したその日に、先輩にケンカを売るシーン。


『俺、頂点てっぺん以外、興味ないんで』

 みたいな。


「かわいい子ちゃん発見!」


 チャラそうな男がやってきて、アキラの周りをクルクルと回った。


「なになに? またトオルのファンがレッスン生の申し込みにきたのかな?」


 年齢は21歳くらい。

 モデルみたいなマッシュルームヘアが似合っている。


「……どうも」


 アキラが短くあいさつする。


「その目、違うな、君は演劇かバレエかダンスの経験者だよね」

「そうです。少なくとも、あなたよりは才能があります」

「あっはっは! いうね、おチビちゃん!」


 男はポケットからチョコレートを取り出した。

 開封したソレを、アキラの口に、もぎゅ、と差しこむ。


「かなり溶けています。100点中10点です」

「きびし〜。どうしてうちの劇団を選んだの? トオルがいるから?」

「はい、そうです。あの男は超えるべき目標なのです」

「だったら、俺が直接レッスンしてあげようか?」

「はぁ……」


 その時、向こうから男性が走ってきた。


 ドーン!

 思いっきりタックルをかます。


「おい! カトリ! 人の妹を勝手に餌付けしてんじゃねえよ!」


 ジャージ姿のトオルだった。

 吹っ飛ばされたカトリの体が床を3回転して止まる。


「ひどい、チョコレートを食べさせただけなのに」

「ドロドロに溶けたチョコとか、誰も喜ばねえよ。嫌がらせだろう」


 トオルはやれやれとため息をつく。

 大きな手がリョウとアキラの頭に触れた。


「よくきたな、アッちゃん。ビビって逃げるかと思ったぜ」

「ふん、笑わせてくれる。ここの面接をパスするくらい朝飯前だから」

「なに虚勢きょせい張ってんの? 瞳の奥が震えているの、丸わかりだから」

「お前、やるな。僕の次くらいに洞察力があるな」

「あのなぁ〜」


 たくさんのギャラリーが集まってくる。


「いっとくけどな、ここにはアッちゃんより強いやつ、ゴロゴロいるからな。あそこで膝をついているカトリも、お前より格上だからな」


 それからトオルはリョウの方を向いた。


「アッちゃんを連れてきてくれて、ありがとな、リョウ」


 初めてリョウと呼ばれた。

 胸の奥がじ〜んとなる。


「不破さん、こっちへ」


 受付のお姉さんが手招きしている。


「これから面接をはじめるわ」


 後ろから面接官らしき大人が出てきた。

 スーツを着た男性が1人、同じくスーツを着た女性が2人。


 よかった。

 相手が女性だと、アキラは落ち着いて話せる。


「それじゃ、いってきます」

「おう、がんばれ」


 とリョウ。


「気負いすぎだ。リラックスしろ」


 とトオル。


「いってらっしゃ〜い」


 カトリが陽気に手を振る。


 リョウができるのは、ここまで。

 あとはベンチから祈るだけだ。

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