第197話

 アキラの面接は長かった。


 20分くらいで終わる。

 そう聞いていたけれども、時計の針は50分くらい進んでいる。


 手応えありってことか。

 話のネタが多いから、終わらないんだよな。

 ダメならダメで、さっさと解放されそうだし。


 頼む!

 受かってくれ!

 リョウが手を握りしめとき、ドアが開いて、アキラが出てきた。


「お時間をいただき、ありがとうございました。失礼いたします」


 折り目正しく頭を下げている。


 リョウの方へフラフラっと歩いてきた。

 糸が切れた人形みたいにベンチに腰を落とす。


「ああ〜。やっちゃった〜」

「どうだった? なんかミスったのか?」

「この場で演技をやってみてください、といわれたから、ロミジュリのロミオを演じたのだけれども、セリフと振り付け、1箇所ずつ間違えちゃった〜」


 なんだ。

 実演したのか。


「いかん、いかん、僕の実力もかなり鈍っているな」

「結果はOKてこと?」

「うむ」


 アキラは頭の上で大きな丸をつくる。


「今日からレッスン生の仲間入りなのです。本格的に忙しくなるのです」

「よかったな。冷や冷やしたぜ。落ちていたら、もう1年間のブランクだもんな」

「あっ、そうだ!」


 アキラは携帯を取り出して、メッセージを打ちはじめる。

 レンに向けて『無事、面接をクリアしました』と。


 続いて不破ママにもメッセージ。

『面接が終わったから。見学して帰ります』と。


 レンから電話がかかってきた。


「もしもし、アキちゃん、いま迷惑だった?」

「ううん、そんなことないよ」

「おめでとう、がんばって。一言伝えたくて」

「レンちゃんはマンガを描いている最中?」

「うん、もうすぐ締め切りだから」

「大変だね」

「お互い様」

「じゃあ」

「またね」


 通話を終えたアキラがほっと一息つく。


「やった! やった! やった!」


 立ち上がって連続ジャンプ。


「これで一歩前進だ。ゴールに1%くらい近づいた!」

「そうだな」


 軽くハイタッチを交わした。

 アキラが嬉しそうだと、リョウも嬉しいのだ。


「不破さん、こっちへ」


 受付のお姉さんが手招きしている。


「はい、これが書類の封筒。家に帰ったら、お父さんとお母さんに見せて。中に誓約書せいやくしょが入っているから。サインして、明日のレッスンのときに持ってきてください」

「はい」

「分からないことがあれば質問して、といいたいけれども、不破さんの場合、お兄さんに訊いた方が早そうね」

「あはは……」


 頭を下げてから封筒を受けとった。


「君って小生意気こなまいきだよね」

「はい?」

「いや、良い意味で生意気だってこと。トオルさんがここに申し込みにきた日のことを思い出すわ」

「うっ……」


 アキラはのぼせたように顔を赤らめる。


「トオルくんの面接は何分くらいだったか、覚えていますか?」

「ああ、長かったわよ。1時間半くらいだったかしら。あんなに長いの、後にも先にも一度きりだったから、よく覚えているわ。うちのボスたち、長話が好きでね……て」

「ぐぬぬ……」


 アキラが悔しそうに歯噛みしていたので、お姉さんはぷっと吹き出した。


「そっくりな兄妹ね」

「いえ、似ていません」

「あなた、お姫様というより、王子様みたいな役が似合うでしょう。そういう女の子、うちの劇団に少ないから。楽しみにしているわ」


 うるる〜ん。

 アキラの瞳がチワワみたいに光る。


「困ったことがあったら、トオルくんじゃなくて、お姉さんに相談します」

「あら? そうなの?」

「トオルくん、時々デリカシーがないので。テメーの首から上は飾り物か、とか平気で口にする気障きざヤローなので」

「うふふ、仲がいいのね」

「にゃにゃにゃ⁉︎」

「かわいい」


 頭をナデナデされた。

 一発でお姉さんを味方につけるなんて、安定の人たらし術といえよう。


「見学したいなら、ステージを見にいくといいわ。小ステージでトオルさんたちが練習中よ」

「は〜い」


 マップを見ながら、建物の中を進んだ。


 どんな練習風景だろうか。

 楽しみだな、マンガの素材になるかもしれない。


「ここかな?」

「だろうな。中から人の声が聞こえる」


 なるべく音を立てないよう、ゆっくりドアを押してみたら……。


「おい! リハだからって気を抜いてんじゃねえよ!」


 ものすごい怒声が響いてきて、リョウの鼓膜こまくをピリピリと揺らした。

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