第187話

 ごごごごごぉ〜〜〜っ!

 えらい事になった⁉︎ えらい事になった⁉︎


 四之宮レンが筆を折るだと?

 アキラと接触したことが原因で?


 リョウは頭を抱えて、部屋の中をグルグルする。


 やべぇ。

 氷室さんと竜崎さん、責任を取らされて異動になるんじゃ……。


「どうしたの、リョウくん?」


 お手洗いから戻ってきたアキラが、小鳥みたいに首をかしげる。


「さっき氷室さんから電話があった」

「ほう、それって良いニュース?」

「実は、俺のマンガとは無関係なんだ。四之宮先生のことで……」


 さてさてさ〜て。

 アキラの記憶の封印をどうやって破るか。


「念のために確認なのだが、アキラと四之宮先生、本当に面識がないのか?」

「ああ、その話……う〜ん、思い出そうとしているのだけれども……これだ! ていう女の子が出てこないんだよね」

「アキラ、昔から女子にモテるもんな。記憶が上書きされたんじゃねえか」

「うっ……なんか悪意のある言い方だな〜」


 ツーンと唇を尖らせている。


「氷室さんからの電話は、四之宮先生が落ち込んでいる、という内容だった」

「ええっ⁉︎ それって僕のせいで⁉︎」

「そうとしか考えられない。いや、アキラを責めているわけじゃないよ。でも、氷室さんを経由して、俺に電話が来るくらい落ち込んでいるんだ。どう考えても、普通のメンタルヘルスじゃないよな」

「そうはいわれましても……」


 アキラは困ったように腕組みする。


「ざっくりでいいからさ、幼少期のアキラについて教えてくれ。どんな性格だったとか。周りからどんな目で見られていたとか。そうしたら、何か思い出すかもしれないだろう」

「え〜! いまから!」

「頼む! 『斬姫サマ!』が休載の危機なんだよ!」


 アキラの肩をゆすってお願いすると、わかった、わかった、と納得してくれた。


 レンがマンガの主人公に採用するくらいなのだ。

 思い出深いエピソードが眠っているはず。


「昔のアキラって、活発だった? それとも物静かだった?」

「昔は活発だったね。自分でいうと恥ずかしいけれども、クラスの中心にいるようなタイプだよ。特定の女子グループとべったりする、というよりは、広く浅く交友するタイプかな。違うクラスの子とか、違う学年の子とも、普通に仲良くしていた。僕としては自然にしているつもりだったけれども、よく不思議がられたよ」


 アキラって何回転校してきた?

 小学と中学で5つくらいの学校を渡り歩いたか?


 一学年、平均200人とする。

 その5倍で、1,000人くらい同級生がいた計算になる。

 女子は半分として、500人。


 不可能だな。

 顔と名前を全部覚えている、なんて。


「変な話だけれども、クラス内でイジメとか起こらなかったか?」

「そりゃ、起こるよ。どこの学校でも一緒だろう」

「アキラの性格からして、見過ごさないよな」

「ふっふっふ……まあね……イジメられている女の子は助けるよ。実は僕、男子からは恐れられる存在だったしね」


 兄トオルの存在がデカかった。

 アキラにちょっかいを出す男子がいたら、トオルがやってきてボコボコにする。


 だから、クラスカーストでいうところの神様。

 不破の兄貴はヤバい! 怒らせたら上級生に目をつけられる! が定着していたらしい。


「それに僕、トオルくんの影響を受けて、戦隊シリーズとか、少年コミックとか、よく触れていたから。ああいうのって、勧善かんぜん懲悪ちょうあくの精神、弱きを助け強きをくじく、が基本だろう。そういう考え方、嫌いではなかった」

「ふ〜ん」


 斬姫と似ているな。

 悪はぶっ殺す、弱い者イジメは許さん、という発想。


 あと、トオルという権威の下にあったのも気になる。

 徳川幕府という最強ファミリーに生まれた斬姫に似ていないだろうか。


 むむむ……。

 材料はそろってきた。

 あとは決定的な証拠が一個ほしい。


 しかし、なぜだ。

 なぜアキラは思い出せない。

 もしかして……。


「これも念のための確認なのだが……四之宮レンって、ペンネームだからな。アキラくらい頭が良けりゃ、最初から理解していると思うが……」

「なっ⁉︎」

「本名は別にある」

「にっ⁉︎」

「つまり、アキラの記憶に、四之宮レンという人物は、絶対に存在しない。数年後に四之宮レンを名乗ることになる、別の誰かが存在するはずだ」

「にゃにゃにゃにゃにゃ⁉︎ ちょっと待って⁉︎ ちょっと待って⁉︎ 四之宮レンは、あの子の本名じゃなかったの⁉︎」


 閑静かんせいな住宅街に、アキラの悲鳴が響いた。

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