第184話

 話がわいわい盛り上がっているとき、編集の竜崎さんがやってきた。


「あれあれ〜? レンちゃんが同年代の子と会話している。めずらしい。明日は雪かな」


 リョウは、どうも、とあいさつしておく。


 竜崎さんはブース席の裏から手を伸ばして、レンのツインテールを、びよ〜ん、と左右に引っ張った。


「竜崎さん、不快です、やめてください」

「あはは! 嫌がるレンちゃん、かわいい!」

「いえ、私はリアクションが薄い女ですから。かわいい女性というのは、カナタ先生の隣にいる、助手さんのような女性を指すのです」

「うりうり〜。もしかして、助手ちゃんに嫉妬しっとしているのかな〜?」


 レンは返事する代わりに、カップ容器を差し出した。


「竜崎さんも、アーモンド小魚を食べて、頭をきたえてください。編集さんがしっかりしないと、読者の皆様が不利益をこうむります」

「うわ〜、手厳しいな〜。君は本当に17歳なのかい?」

「はい、早く大学生になって、時間的なゆとりを手にするのが、当座とうざの目標なのです」

「リアル思考だね〜。でも、レンちゃん、大学受験に失敗すると、親からマンガを禁止されるもんね〜」

「はい、生命の危機なのです」


 竜崎さんは嬉しそうにアーモンド小魚を食べる。

 な〜んか家族みたいな仲の良さだな。


「私もレンちゃんみたいな妹が欲しかったな」

「私みたいなコミュ障、メンヘラ、干物ひもの女のどこが良いのでしょうか。はっきりいって、理解に苦しみます」

「まあ、レンちゃんは性格的に、公務員とかサラリーマンには向いていないよね。だからこそ、私が精神的に支えてあげなきゃ、て思うんだよ」

「バカですね。他人を支えたい、なんて。メンヘラ女にハマる人間の典型的な思考ロジックです」

「きゃ〜。その憎まれ口がかわいい。私の方が10歳以上先輩なんだぞ〜」

「マンガに年齢は関係ありません」


 えぇ……。

 メッチャ変わり者だな。


 そりゃ、マンガを描くやつは大なり小なり変わっているが。

 レンみたいな皮肉屋かつひねくれ屋、会ったのは久しぶり、いや、初めてという気がする。


 メンヘラは……さすがに冗談かな?

 気分が乗らないと、マンガって1Pも描けないのだが……。


「カナタ先生、私と竜崎さんの関係はこんな感じです。相手が人生の先輩でも、どんどん意見は伝えます。そりゃ、竜崎さんは頭のいい大学を出ていて、エリート並みのお給料をもらっていますから、プライドを傷つけないよう、言葉選びには注意しますが……いかんせん、私はコミュ障なので……オブラートに包むのには限界があり……」

「こ〜ら〜。その言い方は傷ついちゃうぞ〜」


 ぷりぷりに怒った竜崎さんは、レンのツインテールをほどいて、勝手にアレンジを加えはじめた。

 あっという間に三つ編みツインテールに大変身する。


「きゃ〜! かわいい! 一家に一台欲しいわ!」

「私は家電じゃありません」


 この会話がツボったらしく、アキラがクックックと笑っている。


「あと3分だけ待っていてね」


 竜崎さんはウィンクを残して去っていった。


「ほら、アキラ、俺たちは帰るぞ」


 レンの耳がピクッと動く。


「アキラ? いまアキラといいましたか?」

「そうですが……」


 レンが立ち上がり、アキラの顔を下からのぞき込む。


「女性なのに? アキラ? とても珍しい名前ですね」

「よくいわれます」

「もしかして、いや、もしかしなくても、あなたの苗字は不破じゃありませんか?」

「ッ……⁉︎ どうして僕の名前を⁉︎」


 アキラは表情を引きつらせて、二歩三歩と後ずさった。


 コールドリーディングの技術か?

 いや、不破の名前を示すヒントはなかったはず。


「あなた、以前に私と会ったことがありますよね?」

「いやいやいや⁉︎ 会っていないです!」

「不破という苗字は珍しいです。苗字ランキングの1,000位以下、人口にして1万人以下、この関東圏には1,000人ちょっとしか存在しません。そして名前がアキラ。間違いありません、あなたは以前に私と会っています」

「だ・か・ら! 知りませんってば!」


 アキラは忍者みたいにバックステップした。

 人差し指を突きつけると、


「本当の本当に知らないんだ! 僕はたくさん転校してきたけれども、どこの学校にも、どのクラスにも、あなたは存在しなかった! それでも会ったというのなら、きっと同姓同名の不破アキラだ! ごめん、失礼する!」


 くるん、と背中を向けて歩き出す。


「不破さん……」


 残されたレンは、なぜか泣き出しそうな表情をしていた。

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