第183話
アキラに思いっきり腕を引かれた。
「リョウくん! リョウくん! あの子、ヤバいよ!」
「おい、落ち着けよ。いきなりどうした?」
「人間じゃないよ。たぶん、妖怪だよ」
アキラの腕が小刻みに震えていたので、深呼吸させて落ち着かせた。
「そんなわけあるか」
どっからどう見ても人畜無害そうな女の子だし。
「きっと人の心を読む能力の持ち主なんだよ。じゃないと、僕が本と猫を好きって、言い当てられないよ」
「その能力、完全にマンガのキャラクターじゃねえか」
レンだって同じ人間に決まっている。
何かトリックがあるはず。
リョウはブース席まで戻って、あれこれチェックして、レンの特殊能力の解明を試みた。
ほとんど初対面だしな。
ヒントになりそうなのは、アキラの荷物くらいだが……。
あった!
カバンからのぞいている本!
『猫が出てくる世界の童話集』みたいなタイトルが付いている。
「どうしました、カナタ先生」
「いや、俺の連れがですね、四之宮先生のことを超能力者じゃないかと言い出しましてね」
「ふむふむふむ、その様子だと、カナタ先生はタネに気づいたわけですね」
レンはしたり顔になっている。
ニヤニヤニヤ……笑うと普通にかわいいな。
リョウはアキラを連れ戻した。
レンがつかったテクニック……相手の外見や持ち物などからヒントを得て、あたかも心を読んだと思わせる技術……コールドリーディングについて説明した。
アキラがマヌケ面をさらす。
それがみるみる赤面する。
「このっ! 君! よくも僕をだましたな!」
「人聞きが悪いですね。だましたのではありません。あなたが勝手にだまされたのです」
「な〜ん〜だ〜と〜!」
「どうやら、あなたは霊感とか迷信とか、目に見えないものを信じやすい
「むっか〜! バカにしやがって!」
「怒るなんて、カルシウム不足ですよ。どうです? 小魚を食べますか?」
じぃ〜。
レンはプラスチック容器をアキラに差し出す。
なんか新鮮かも。
学校だと女子にモテモテのアキラ。
女の子に振り回されるなんて、かなり貴重なシーンなのでは?
「あとでお金を払えっていわれても、1円たりとも払わないからな!」
アキラは恵んでもらったアーモンド小魚をバリバリと食べる。
「かまいません。私はただ、健康的な食品を布教したいだけなので」
「いっとくけどな〜、カルシウム不足でイライラするっていうのは俗説だからな〜。栄養バランスが偏ると、人間はイライラするんだぞ〜」
「物知りなのですね。教えていただき、ありがとうございます」
「くぅ〜、むぅ〜、ぬぬぬ〜」
なんかアレに似ている。
縄張り争いするニャンコ。
「まあまあ、マンガの話に戻りませんか?」
30分くらい口論しそうな勢いだったので、リョウが仲裁しておいた。
「ええと……アドバイスでしたね。そうですね、そうですね、あくまで一個人の意見ですが……」
それからレンのレクチャーがはじまった。
ラブコメには詳しくない、と本人は
山場への持っていき方とか、心情の表し方とか、『私ならこうする』という意見をくれた。
もちろん、コマ割りや背景についても、テクニックを伝授してくれた。
マンガについて語るとき、レンの口調はふわふわしておらず、なぜダメなのか具体的に教えてくれるから、たったの10分で賢くなれた気がする。
できる人間は教えるのも上手いってことかな?
レンの言葉の端々からは、賢さの他に、マンガへの熱が伝わってくる。
「大切なのは、
「ええと……その心は?」
「たとえば、カナタ先生の悪いところを100個指摘したとします。でも、直せるのは1週間に1個とか、1ヶ月に1個でしょう。つまり、どの問題から着手するのか、順位を決めないといけません。課題を100%クリアするのは無理です。私でも無理です」
へぇ〜。
ビジネスライクだな。
冷たい、けれども、正しい。
四之宮レンといったら、妥協とか嫌いそうなイメージだったのだが。
「担当は氷室さんですよね。おそらく、氷室さんは、ちゃんと順位を考えて宿題を与えてくれています。指示に従っていたら、おおむね間違いはないでしょう」
「おおむね、ですか?」
「担当さんも人間ですから。10回に1回くらい見当外れのことをいいます。その時に説得できますか? 自分の意見を押し通せますか? そういう技術もマンガ家の大切なスキルなのです」
「はぁ……」
「でも、私は思うのですよ。目の前にいる大人一人を説得できない人間が、大勢の読者を納得させられるわけはないでしょう」
出た!
名言みたいなやつ!
「四之宮先生も、担当の竜崎さんに逆らうことはあるのですか?」
「ありますよ。あの人は、マンガよりも小説に詳しいですから。しかも、元は少女マンガの担当でしたし……。でも、話せば分かる方なので、その点は大いに助かっています」
「なるほど、なるほど」
「コミュ障の私が何とかやっていますから。カナタ先生が本気を出せば楽勝でしょう」
「はぁ……コミュ障なのですか?」
「バリバリのコミュ障です」
「そうは見えませんが……」
「私は、基本、マンガが友だちなので」
「へぇ〜」
レンがアーモンド小魚を布教してきたので、リョウは素直にもらっておいた。
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