第174話

 デパートのお菓子コーナーへやってきた。

 2月に入ったこともあり、どのお店もバレンタイン用のチョコを用意している。


「見て見て、リョウくん。これ、かわいいよ」


 アキラが見つけたのは動物チョコ。

 ペンギンとか、イルカとか、シロクマとか、フィギュアみたいに精巧せいこうなつくりとなっている。


 お値段は一粒300円くらいから。

 大きなやつだと3,000円くらいまで。


「アキラが大好きな猫もあるぞ」

「本当だ。かわいい。首のところに鈴がついている」


 ガラスにべったりと額を押し付けたあと、アキラはハッとして、泣きそうな目を向けてきた。


「なんか可哀かわいそう……ニャンコを殺すみたいで食べられないよ」

「いやいや、チョコレートだろう」

「名前をつけちゃった。ビターちゃん。冷凍庫で1年間くらい保管してやるのじゃ〜」

「すげぇ想像力だな。凍死するけど、いいのかよ」


 店員のお姉さんがチョコクッキーの小袋をくれた。

 今年の新商品らしい。


「やった〜。……て、リョウくん、食べないの?」

「う〜ん、アキラ以外からもらったチョコは一切口にしないと決めている。バレンタインまでのチョコ断食だな」

「なんと!」


 事情を聞いていたお姉さんが、


「どうぞ、持って帰ってください」


 と優しくフォローしてくれる。

 微笑ほほえましいカップルと思われたかな。


 それからも訪れる店、訪れる店で、


「一口いかがですか〜?」

「我が社の新作です」

「お試しください」


 と猛プッシュされまくり。


 食べたいけれど我慢!

 いや、死ぬほど食べたいけれども!


「おいしい! おいしい! おいしい! なんか自分用に欲しくなっちゃうな〜」


 アキラは頬っぺたに手を当ててニンマリしている。


「そうか、そうか、リョウくんは僕からのチョコを楽しみにしているのか。気合いを入れて手づくりせねば。どんなチョコがほしい?」

「そうだな〜」


 わからん。

 母親以外からチョコをもらった経験、ほとんどないし。


「ラブコメだと、チョコを溶かして型にはめたやつが鉄板だよな」

「あれはヒロインの料理スキルが低く設定されているせいだろう。不器用だけれども、がんばる女の子が健気けなげでかわいいという」

「この世の真理をついてくるな」


 アキラがチッチッチと指を振る。


「僕の家にはドイツ製のオーブンが付いているからね。そこらへんの家とは器具のスペックが違うのです」

「ケーキでも焼く気かよ」

「うむ。せっかくの機会だしね。不破家の本気を見せてやるのじゃ〜」


 外国製ってことは大きいのかな?

 味は変わらんだろう、と突っ込みたくなったが、本人が楽しそうなので黙っておく。


「こっちも見てよ、リョウくん、おもしろいチョコがいっぱいあるよ」

「おお! すげぇ!」


 将棋の駒の形をしたチョコがある。

 歩、香、桂、銀、金、角、飛、王……。

 ちゃんと裏面にも文字を彫ってある。


「なんで金将って、裏の文字がないの?」

「知らんが……金が最上級のお宝だから、じゃないかな」

「ほうほう。昔の人も金が好きなんだね」


 その横にはチェスの駒をデザインしたチョコも。

 8×8のチョコレート盤も置いてあり、実際に対戦して遊べるっぽい。


「あれ? 囲碁はないんだね。ブラックチョコとホワイトチョコで簡単につくれそうなのに」

「碁石ってたくさんいるよな。200個くらいだっけ。地味だから、却下されたんじゃねえか」

「むぅむぅ」


 有名なマンガキャラクターのチョコもある。

 一体30,000円から予約受付中。

 もったいなくて食えない。


「リョウくんも国民的なマンガ家になったら、こういうバレンタイン商品が出るのかな」

「夢がある話だよな。寝ててもキャラクター使用料が入ってくるなんて」

「こらこら、すぐにお金を意識しない」


 女子高生とおぼしき3人組を見かけた。

 友人や先輩にあげるチョコの話で盛り上がっている。


 何円のにする?

 むしろ自分が食べた〜い! みたいな。


「俺のチョコをあれこれ計画してくれるのは嬉しいが……アキラは渡す側っていうより、受けとる側だということを忘れるなよ、イケメン王子」

「うはっ⁉︎ そうだった!」

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