第172話

「できた!」


 氷室さんに見せたいな、と思える一枚。

 全力を出したと胸を張っていえるシーンが完成した。


「ほら、アキラに課金した成果がこれだ」

「嬉しそうに課金とかいうなよ〜」


 じゃ〜ん。

 ヒロインがスカートをたくし上げている、の図。


 自慢なのは、なんといってもタイツの質感。

 太ももはプリッとしており、ふくらはぎはシュッと締まっている。


 あと表情。

 あんたって最低ね、みたいな心情をジト目で表現するのって、わりと楽しいかも。


「あとでペン入れして、明日には仕上げる」

「一つ疑問なのだけれども、マンガのどこに差し込むの? これが入りそうなページってある?」


 リョウはパチンと指を鳴らした。


「冒頭に持ってくる。ここからストーリーを始める。つまり、このページを見てもらって、続きを読むかどうか、読者にジャッジしてもらう」

「最初のシーンなの⁉︎ それって色々と問題にならない⁉︎ なんか、エロいし!」

「いいだろう、インパクトが命なんだから。男性の本能を刺激したい」

「現金なやつめ」


 もちろん、ストーリーの組み替えは必須。

 ページを削ったり、増やしたり、2Pを1Pにまとめたり。


 せっかく描いたページをぼつにするのは辛いが……。

 仕方ない、クオリティのためだ、この痛みに慣れよう。

 バイバイ、俺のかわいい子どもたちよ。


「う〜ん……」

「なにか問題?」

「どうしても2P超過してしまう。無理やり削ろうとしたら、今度は2P不足してしまう」

「なんかパズルみたいだね」

「そうそう」


 アキラにもチェックしてもらった。


「情報を詰め込みすぎるより、物足りない方がいいんじゃない? 長いセリフとか、読み飛ばしたくなっちゃうし」

「お前なぁ……」


 でも、正論だな。


 コマ割りを調整してみるか。

 セリフを細切れにして、意味のない小物を配置して、さらっと読めるようにするとか。


「リョウくんって、決めるの早いね」

「そうか? 迷っても解決にならないから。パッパと決めて先に進むようにしている。解決法は、後からついてくるものさ」

「あ、僕が貸したサン=テグジュペリの本。ちゃんと読んでくれたんだ」

「もちろん。キャラクターの覚悟が伝わってきた」


 借りたのは『夜間飛行』。

 その人の愛読書を借りて、おもしろかった感想を伝えることは、もっとも簡単に好意を手に入れる手段といえよう。


「よしっ……今日のノルマが終わったぞ……て」


 アキラが寝ている。

 読みかけの小説を放り出して、ハムスターみたいに体を丸めて、くぅーくぅーと寝息を立てている。


 かわいい!

 これはスケッチせねば!


 けっきょく愛らしい女の子を描きたい、ていうのが、第一のモチベーションなんだよな。


 すると、愛らしい女の子って何? みたいな問題にぶち当たる。

 アキラみたいな女の子、というのが現在のリョウの答えだ。


 奇天烈きてれつ

 不思議ちゃん。

 予測不能。


 でも、一緒にいると、なぜか楽しい。

 飽きないし、また会いたいと思える。


 アキラの魅力は、良くできたストーリーに似ている。


「う……ん……」


 アキラが目を覚ました。


「ほらよ」


 リョウはぬるくなったココアを差し出す。


「あれ? たくさん寝ちゃった?」

「そんなことはない。30分くらいだ」

「はぅ……また寝顔を見られちゃった」

「かわいいから安心しろ」

「ッ……」


 アキラがクッションで顔を隠してしまう。


「リョウくんに、かわいいっていわれたの、久しぶりだぞ」

「そうか? 会うたびに褒めている気がするが……」

「最近、頻度ひんどが落ちてきたのです。僕としては、おもしろくないのです。あと、エロいは褒め言葉に入りません」

「はいはい……アキラはかわいいよ」

「うむ」

「かわいい、かわいい、かわいい……だから、俺にひざ枕してくれ」

「仕方ない、ちょっとだけだぞ」

「えっ⁉︎ いいの⁉︎」

「3秒だけ!」

「せめて30秒くらいサービスしてくれないかな」

「むぅ〜」


 思いっきりジト目を向けられたけれども、これはこれでマンガの題材になるな、とリョウは直感した。

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