第161話

 電車に揺られること1時間ちょっと。

 リョウたちは待ち合わせの動物園へ向かっていた。


 アキラがウキウキしている。

 鼻歌を歌ったり、途中でスキップしたり、遠足にいく小学生みたい。


「いいかい、リョウくん、今回の作戦の骨子こっしはね……」


 手づくりの冊子をもらった。

 表紙のところに『プロジェクト・ミューズ』と書かれており、その下に男女のイラストが入っている。


「ミューズ? 芸術の神様だろう。そこはヴィーナスとかキューピッドじゃないの?」


 恋愛の神様といったら、他にはイシュタルとかエロスとか。


「チッチッチ。僕にとって、恋愛とは、一種の芸術なのです。とても複雑な計算の上に成り立っている、心の方程式みたいなものなのです」

「よく分からんが……アキラなりにその方程式を解こうとしているわけね」

「うむ」


 表紙をめくると、そこから先は小技の一覧。


 なんとNo.1からNo.100まで。

 アキラのアイディアで埋め尽くされている。


「すげぇ……」


 この一冊をつくるの、何時間かかったんだ⁉︎


孫氏そんしの兵法のアレだよ」

「ちゃんと準備しておけば失敗しない、みたいな」

「そうそう。絶対に雪染さんと須王くんの心の距離を縮める。なんといっても、僕は恋愛マスターだからね」


 アキラがかわいくガッツポーズする。


「ところで恋愛マスター、今日のゴールは何なんだ? カップル誕生の瞬間を見守る、といったけれども、クラスメイトが見ている前で告白するやつはいないだろう」

「帰り道、二人きりになった時に告白してくれたらいいよ。あとで僕から雪染さんにメッセージを送るから。今日はどうだった? 須王くん元気だった? とさりげなく質問してみる」

「そっか、アキラは雪染さんとちょくちょくメッセージ交換しているもんな」

「うむ、僕の見立てだと、脈ありなのです!」


 女子は恋バナが好き、とかいうけれども、男子だって恋バナは好きだ。

 ただのモテ自慢するやつは嫌われるけれども……。


 リョウはもう一度冊子をめくる。


『No.34 ふぅ子さんがリョウくんにお口ふきふきしてあげる。ターゲットの深層心理に、恋人っていいな〜、というイメージを植えつける』


 読んでいるこっちが恥ずかしいわ!

 アキラって、ホント天才か。


「ほら、電車がついたよ」

「いくか」


 待ち合わせのところから作戦はスタートしている。


『No.1 わざと10分くらい遅刻する。ターゲットがどんな様子なのか、こっそり観察する』


 リョウは携帯を取り出した。


『いまふぅ子さんと電車の中。ごめん、10分くらい遅刻しそう』


 ポチッと送信。


 やべぇ……。

 ちょっと楽しいかも。


「ふっふっふ、二人きりにしてドキドキさせてやるのです」

「あんまりはしゃぐと転ぶぞ」


 寒空の下、ゲート近くで待っている二人を見つけた。


 アンナの服装と髪型、かわいいな。

 しっかり気合い入れてきたのが伝わってくる。


 ミタケも妹にせっつかれたのか、高校生にしては大人っぽいチェスターコートを着ていた。


「雪染さんの髪型、いいな〜。くるりんぱお団子だんごヘア」

「アキラは地毛が短いもんな。ウィッグだとアレンジできないのか?」

「そうなのです。これは人毛だから、痛めると永久にダメージが残っちゃうのです」


 和気わきあいあいと会話する二人に視線を戻す。

 リョウの位置からだと聞き取れないが、


『当日になって風邪引くとか、不破ってホント病弱だな』

『不破くんらしいよね。そういえば、須王くんの妹さんは大丈夫?』

『なんか全身が痛いらしい。かたくなに病院は拒否するけれども、ありゃ、やっかいな風邪だ』

『心配だな〜。新型のインフルエンザが流行っているみたいだし、無理しない方がいいと思うけれども……』


 みたいなやり取りを交わしているのだろう。


 クシュン!

 アンナがくしゃみをした。

 するとミタケはポケットから使い捨てカイロを取り出して、アンナの手に握らせる。


 でもっ! 申し訳ないよ! みたいな表情をするアンナ。

 もう一個あるから大丈夫、というふうにミタケがカイロを見せつけると、アンナは照れを隠すように笑った。


「キング、気がきくな」

「お兄ちゃんだからね。面倒見がいい性格なんだよ」

「なるほど、トオルさんも兄貴だから、面倒見がいいってこと?」

「あいつは別だ! 年末年始、僕に会いにこないし! メッセージの返信も遅いし! せっかく二人で食事でもしようと思ったのに……」


 それは純粋に仕事が忙しいのではないだろうか。


「おっ、何か動きがありそうだ」


 アンナがカバンの中身をあさる。


 取り出したのはキャンディーの大袋。

 いろんな味が入っているらしく、ミタケはしばらく迷ってから、一袋つまんだ。


「いいね、いいね、お菓子のプレゼントだ。アメ玉は安いから、須王くんも受け取りやすいのがミソだよね。どの味が好き? みたいな会話の糸口にもなるし」

「ちなみに、恋愛マスターとしては、ここまでの試合運びをどう見ますか?」


 リョウは右手をマイクに見立ててアキラに近づける。


「はい、限りなく理想に近い展開ですね。恋愛は2人の協力プレーですから。今日の主役は雪染さんですが、須王くんのアシスト能力の高さにも十分期待できそうです」

「以上、不破リポーターがお届けしました」


 ニュースキャスターみたいなコントをするリョウたちの足元で、冬のハトがポーポーと鳴いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る