第159話

「ふぅ〜、調子にのって食べすぎちゃった〜」


 アキラが、ころん、とベッドに寝転がった。


「すこぶる上機嫌だな」

「そうです。いまの僕はすこぶる上機嫌なのです」


 ここはリョウの部屋である。

 いちご大福と紅茶が2つずつ、テーブルの上に置かれている。


「ねえねえ、リョウくん、マンガを描いてよ。イラストでもいいけれども」

即興そっきょうで、てこと?」

「うん」


 リョウは机に向かい、筆ペンのキャップを外した。

 正月っぽいイラストを描いてあげたいけれども……。


 アキラの大好きな猫とか。

 でも、猫は干支えとに入っていないんだよな。

『ネズミにだまされた説』が有名だけれども、実のところ、あれは後世の人のつくり話らしい。


「そうだ!」


 リョウはいったんリビングへ向かった。


「母さん、年賀状の余りってある? まだプリントする前のやつ」

「何枚かあるわよ」


 まっさらな年賀状をもらってくる。

 猫のイラストを描いて……。

 さらに干支のかぶり物を着させて……。


「何を描いてるの?」

「まだ秘密」


 できた!

 アキラが一番喜びそうな年賀ハガキ。


「うわっ! すごい! ニャンコの年賀状だ!」


 アキラが嬉しそうに足をバタバタさせる。


「ニャンコは干支から外れているだろう。でも、かぶり物でコスプレさせたら、どの年にも対応できる」

「リョウくん、君は天才か! あはは! このニャンコ、かわいい!」


 来年もちょうだい! とお願いされた。

 まあ、いいけれども、とリョウは返しておく。


「干支をぐるりと一周してね〜、12年分描いてもらうんだ〜」

「とても壮大なプランだな。1回目が17歳だから、12回目は28歳のときか」

「うむ、その頃にはリョウくんも、きっと有名なマンガ家になっているのです。そして……」


 アキラは顔を寄せてくると、


「かわいい子どもが2人くらいいたりして」


 と耳打ちしてきた。


「からかうなよ」

「ちょっと期待したくせに」

「こいつ……」


 リョウは火照ほてりそうな顔をパタパタとあおいだ。


「そろそろ紅茶が冷めたな。ほら、乾燥しないうちに大福も食べるぞ」

「は〜い」


 アキラはリスみたいにチマチマ食べるからかわいい。


「リョウくん、もしかして疲れている?」

「どうしてそう思うの?」

「僕なりの直感……。マンガ、がんばりすぎじゃないかな。本格的にプロを目指すはじめての年なんだし。氷室さんの期待に応えよう、て自分にムチを打っているように見える」

「そうだな。俺史上、もっとも努力しているのは間違いない」


 口の中で、いちごの酸っぱい果汁と、あんこの糖分がミックスする。


「マンガ、禁止」

「はぁ⁉︎」

「冬休みが終わるまで、マンガはなし」


 描け、描け、て背中を押してきたくせに。

 主張することが180度変わるの、アキラの欠点だな。


「まあ、よく聞きなさい。僕が心置きなく女の子の格好をできるのも、長い休み限定なんだ」

「たしかに」

「そして冬休みの半分が終わってしまった。僕はリョウくんがマンガに専念できるよう、会う回数を減らしてきた。近くにいるのに会わない、というのは、それはそれで辛いものがある」

「つまり、アキラは遊びにいきたいと?」

「まあね」


 アキラがハッとなる。


「リョウくんしか遊び相手がいない、てわけじゃないぞ! トオルくんとか、サナエちゃんとか、ママとかパパとか、誘おうと思えば誘えるんだ! ただ、僕が他の人と遊びまくっていたら、リョウくんが寂しいと思ってだな!」

「はいはい」


 アキラは優しいな。

 かまってちゃんは単なる口実。

 本当はリョウに息抜きをさせたいのだ。


「それにリョウくんはマンガを優先しすぎだ。少しは僕の遊び相手をしろ」

「わかったよ。残りの冬休みはマンガを休むよ」

「えっ? いいの?」

「宿題とか、まったく手をつけていないし。アキラも手伝ってくれると助かる」

「それなら仕方ないな。相互そうご扶助ふじょというやつだ。ともに有意義な時間を過ごせるよう、協力しようではないか」

「画力が落ちるかもしれんが、仕方ない。少しは遠出してみるか」

「うっ……」

「どうした?」

「やっぱり、毎日1時間か2時間は描きなさい! 僕のせいで下手クソになったら泣くから!」

「あのな……アキラを責めることは100%ないから安心しろ」

「むぅむぅ」


 ツンと唇をとがらせるアキラを見て、リョウは苦笑した。

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