第158話

 ミタケたちと別れたあと、帰りの電車に乗り込んだ。


「須王くん、いい人ですね。あそこまで妹想いなんて。うちのトオルくんも見習ってほしいです」

「人は見かけによらない、てやつだな」


 リョウはじぃ〜とアキラを見つめた。


「どうしました?」

「なんか、いいな。お姉さんモード」

「うふふ、新鮮でしょう。いまの私はレンタル彼女ですから」

「もしかして、そのキャラクターでうちの姉に会うの?」

「ええ、そのつもりです」


 アキラには数種類のモードがある。


 一番よく使うのが王子様モード。

 演劇のテクニックがベースとなっており、学園の女子からモテまくり。


 あと、妹モード。

 家にいるときに見せる顔で、わがまま、お茶目、ハイテンションの三拍子がそろっている。


 そして今回のがお姉さんモード。

 街中でばったりクラスメイトに出会ったときに発動させる顔で、大学生のお姉さん風がコンセプト。


 リョウと一緒にいるときは……。

 通常モード? 恋人モード? 甘えん坊モード?

 とにかく天真てんしん爛漫らんまんなアキラになる。


「どうやってキャラクターを使い分けるの? 頭の中のスイッチを切り替えるの?」

「さあ、私にもよく分かりません。なんとなく演じているのです」

「へぇ、器用だな」

「リョウだって、マンガを描くときに、線をサッサと引くじゃないですか。頭で考えるよりも先に、体が考えているのです。あれと一緒だと思います」


 リョウ。

 そう呼び捨てにされると、胸がドキドキする。


「なあ、アキラ。せっかくの新年なんだし、キ……キ……キスとか……」

「申し訳ありませんが、キスはオプション料金に含まれておりません」

「そこはサービス対象外なんだ?」

「ええ、お断りしております」


 アキラがにっこりと微笑む。


「いちおう、リョウの恋人としてお姉様に会うのですから。一人称が僕とか、口ぐせがあぅあぅとか、恥ずかしい姿は見せられないのです」

「別に無理しなくていいのに」


 いたっ!

 ぎゅっと手の甲をつねられた。


「理想の彼女を演じることにしましょう。今日の私は、おだやかで、おしとやかで、清らかな女の子なのですよ。さあ、ゆっくりしていると風邪を引きますよ」

「はいはい、好きにしてよ」


 リョウの家についた。


「お父さん、お母さん、あけましておめでとうございます。今年も一年、よろしくお願いします」


 アキラが折り目正しくあいさつする。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「おせち料理をつくったから。一緒に食べましょう」


 リビングに入った瞬間、何者かがアキラに抱きついた。

 すでにほろ酔いのカナミだった。


「うわ〜、アキラちゃんだ〜。超かわいい」

「はじめまして、お姉様」

「なんなの! この肌! スベスベすぎるでしょ! 手とか指とか細くてきれい! パーフェクト美少女じゃん! モデルさんかよ!」

「あの……」


 アキラが困っていたので、リョウはカナミを引き離した。


「やめなよ、カナミ。昼間からお酒とか、みっともないよ」

「うるさ〜い。私は朝の5時から仕事だったんだ〜」


 アキラは性格美人だから、


「それは大変でしたね。アパレルのお仕事ですか? やっぱり、お正月のセールは人が多いのですか?」


 とカナミの聞き役になっている。


 まさか、酔っぱらいの姉を見られるとは……。

 両親だって、少しは気を利かせてくれたらいいのに。


「アキラちゃんは何が好きかな〜? 黒豆? 栗きんとん? それともカズノコ?」

「どれもおいしそうですね。お姉様もお料理を手伝われたのですか?」

「ちょっとだけね。アキラちゃん、美声の持ち主だね」

「そんな……そんな……」

「もしかして、声優志望とか?」

「いえ、声優志望ではないですが……」

「うちのリョウ、マンガ家志望だからさ。ああ見えて、一途な性格をしていてね。いつもマンガとアキラちゃんのことしか考えていない男だから」

「おい、カナミ! 黙れ!」

「褒めたつもりなのに〜」

「全然褒めてないから!」

「でも、ムキになって怒るなんて、リョウは本当に、マンガと私のことしか考えていないのですね」

「アキラまで……」


 リョウは渋面じゅうめんを浮かべた。

 今朝、会ったときは、


『リョウくんの家にお邪魔するの、緊張して寿命が縮みそう〜!』


 とか叫んでいたくせに。


「お姉様、私におしゃくさせてください」

「ヤダ〜。アキラちゃん、本当に気がきく〜! 女神かよ! しかも、お姉様って!」

「いえいえ、お邪魔させてもらった立場ですから。このくらい当然です」

「まるで理想の妹じゃん!」


 嫉妬じゃないけれども……。

 二人で盛り上がっているアキラとカナミを見るのは、な〜んか複雑な気分といえる。

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