第142話

 おとぎカフェを楽しんだあと、リョウたちはホラーハウスへやってきた。


 入り口のところには血糊ちのりの手形がペタペタと。

 中からは女子の悲鳴が響いてくる。


 タイトルは『オオカミ男 vs ドラキュラ vs フランケンシュタイン vs チェーンソー男』。

 なにこれ、絶対におもしろい。


「さぁ、入るぞ」

「ちょっと待って!」


 アキラが生まれたての小鹿みたいに脚をプルプルさせている。


 だよな。

 本格的なホラー、苦手そうだし。


「心の準備が……」


 待つあいだ、チェーンソーの音と2回目の悲鳴が聞こえた。

 あ〜あ、怖かった〜、と会話しながら出てきた女子の二人組を、アキラは血の気のない顔で見つめる。


「僕は目を閉じているから、リョウくんが引っ張っていってよ」

「それじゃ、意味ねえだろう」

「うぅ……」

「男のくせに、意気地なしだな」

「うるさい!」


 誘ったのはリョウの方から。

 マンガの参考にしたい、という理由でアキラを連れてきたのだ。

 でも、本人は嫌そうだし、一人で入った方がいいかな。


「ほら、いくよ!」

「おっ、開き直った」

「リョウくんのマンガのためだ!」


 廃墟はいきょに見立てたエリアを進んでいく。

 一歩進むたびに、ジャリジャリと怪しい音がして、心臓がキュッとなる。


 いかにも何か隠れています、というコーナーに差しかかった。

 アキラの指がリョウの制服をちょんちょんと引っ張る。


「リョウくん、先に進んでよ」

「はいよ」


 コーナーを曲がってみた。

 しかし、なにも起こらない。


 手のジェスチャーで、アキラもこいよと伝えたとき、その瞬間はやってきた。


「ガァオォォォ‼︎」


 幕の向こうからモンスターが出てきた。

 前と後ろから、俗にいう挟み撃ちというやつだ。


「うわっ⁉︎ リョウくん、後ろ! 後ろ!」

「そういうアキラも後方注意な」

「へっ?」


 リョウの後ろにはオオカミ男が。

 アキラの後ろにはドラキュラが。

 肉を食わせろ〜! 血をよこせ〜! と迫ってくる。


 この流れ、アレだな。

 逃げた先で残りの2体が待ち伏せしているパターンか。


「あばばばばば〜っ⁉︎」

「おい、アキラ、突っ走るな!」


 案の定というべきか、ゴール手前のところで、フランケンシュタインとチェーンソー男に捕まっちゃった。

 これが映画なら、内臓をぶちまけるシーンだ。


「ああ……死ぬかと思った」


 出口のところにボードとシールが設置されており、


『どのエネミーが一番怖かったですか?』


 のアンケートに答えてフィニッシュ。

 チェーンソー男がぶっち切りで、シールが枠からはみ出す人気となっている。


「一人で走るなよ」

「だって、仕方ないだろう。本当に怖かったもん」

「ホラー映画で真っ先に殺される役だな」


 まあ、驚かす側としては、アキラみたいに反応のいいお客さんが嬉しいだろうね。


 びゅう、と風が吹く。

 窓ガラスに水の線が走る。


「あ、雨だ」


 ポツリ、ポツリ。

 とうとう降り出してしまった。


 外を見る。

 花が咲くようにあちこちで傘が広がる。


 模擬店が中止になることはないけれども、全体の売り上げ、ちょっと落ちるかも。


「冷たいデザートを売っているお店、あったよね」

「隣のクラスがそうじゃねえか」


 気になったので様子を見にいった。


「ダメだ……」

「もう、大量廃棄だよ」


 山のようなプリンが売れ残っている。

 朝からの寒さに加えて、雨まで降るなんて、泣きっ面にハチだな。


「不破くん、一個オマケするから、買って〜」


 女子が泣きついてきたので、アキラはプリンを味見すると、


「お鍋とか、お湯沸かすケトルとか、集められる?」


 と質問した。


「えっ? お湯を沸かすの?」

「プリンを温めるためにね。湯煎ゆせんするんだよ。見たところ、温かい系のデザートは、売れているみたいだし。だったら、プリンも温めればいいんだよ」

「でも、温かいプリンなんて初耳だよ」

「けっこう、おいしいよ。甘さも際立つし」


 さっそく試作してみるメンバーたち。

 気になる味はというと……。


「本当だ!」

「温めただけなのにおいしい!」

「新種のデザートみたい!」


 騒ぎを気にしたお客さんが集まってくる。

 気温が下がってきたこともあり、一人、また一人と温かいプリンを買っていった。


 リョウも食べてみた。

 口当たりがトロッとしていて、プリン味のドリンクみたい。


「これ、ガンガンお湯を沸かさないと、湯煎が追いつかないぞ!」


 やっぱり、アキラはすごいな。

 知恵で隣のクラスのピンチを救うなんて。


「ありがとう、不破くん」

「困ったときはお互い様」


 鉄板焼きのテントまで戻ったとき、トモエ理事長が訪ねてきた。

 手には例のホットプリンが。


「これ、不破くんが考えたそうね」

「大したことじゃないです。単に加熱しただけです」

「コロンブスの卵ね。簡単そう、でも、誰も思いつかない。火付け役になるなんて、ご立派なこと」


 大人の女性から褒められたアキラは小さくはにかんだ。

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