第141話

「ふ〜わ〜く〜ん!」


 美術部の部長さんがダッシュしてきた。


「なんで君はこんなにキュートなのかな〜! 食べちゃいたいかわいさだよ〜! 指先でいいからめさせて〜!」

「いや、勘弁かんべんしてください。ご期待に添うような味はしないので」


 アキラはタジタジに。


「約束のこと、忘れないでね」

「わかっていますよ」

「楽しみだな〜」


 約束?

 なんだろう。


「おい、アキラ、あの部長さん、目つきがヤバそうだけれども、取引したのかよ」


 リョウはヒソヒソ声で訊いてみた。


「うん、展示スペースを貸してもらう代わりに、みんなの絵のモデルになれって」


 はぁ⁉︎

 モデル⁉︎


「なんで俺に黙っていた?」

「だって、リョウくん、反対するだろう」

「そりゃ、アキラ一人に負担をかけるわけにはいかないし」

「バカ……負担が大きいのはリョウくんの方だろう。この2週間、ずっと寝不足じゃないか」

「それとこれとは話が……」

「一緒だね」


 リョウたちの口論に気づいた部長さんが、ガシッと肩をつかんでくる。

 まあまあ、落ち着きたまえ、と。


「宗像くん、君の絵がうまいってことは、私も承知しているよ。よかったら、不破アキラくんデッサン会に参加しないか。私たちが不破くんに悪さしないか、心配だから、近くで見張りたいのだろう」

「はい、特にあなたが心配です」

「アッハッハ……安心するがいい。私が興味あるのは、美少年というより、BLなのだから」


 叩き割りてぇ……。

 この部長さんのメガネ。


「しかし、絵本の展示スペースのために身体からだを売るなんて、不破くんは健気だね〜。ビバ、友情だよ」


 とか、血圧の上昇するシーンもあるけれども、リョウだって学園祭は好きだ。


 たくさんの笑い声。

 協力しあうクラスメイト。

 なんといっても、マンガの題材につかえるし。


 あと、アキラが楽しそう。

 だから、美術部にはおおむね感謝している。


 展示スペースを後にしたリョウたちは『おとぎカフェ』へやってきた。

 ユズリハのクラスの模擬店で、生徒たちが童話のキャラクターの格好をして接客するのだ。


 内装も凝っている。

 鳥かごとか、チェス盤とか、切り株とか。

 森の中のいこい場をイメージしているのかな。


「へぇ〜、かわいいね」

「ここに座っていてください! 着替えてきますから!」


 いったん更衣スペースに消えたユズリハは、赤いローブをまとった姿で戻ってきた。

 なるほど、赤ずきんちゃんか。


 妖精みたいな羽の生えた子がティンカーベル。

 長い髪の子がラプンツェル。

 頭にティアラをのせている子は……雪の女王かな?


 男子はオオカミとか、小人とか、野獣のコスプレをしている。

 この空間だけハロウィンみたいで楽しいかも。


「リョウくんは、なに飲む?」

「そうだな、久しぶりにホットココアでも飲むかな」

「じゃあ、僕はアップルティーにしよう」


 許可をもらって、写真を何枚か撮らせてもらった。

 ここまで本格的なカフェ、鉄板焼きの3倍くらい大変そう。


「お待たせしました」


 ユズリハが飲み物を運んでくれたとき、知った顔が入ってきた。


 ミタケに、アンナに、キョウカ。

 ところが、入り口のところで、


「ごめん! ヤボ用を思い出しちゃった! 二人で楽しんできて! キングの妹ちゃんには謝っといて!」


 キョウカが消えてしまう。


 おいおい……。

 いくら演技でも露骨すぎるだろう。

 仕方なく二人でカフェに入るミタケとアンナ。


「僕たちがカフェにいることは、お兄さんに内緒にしておいて」

「はぁ……はい」


 こっそり様子を観察することに。


 そもそも、あの二人、どんな会話をするんだ。

 ミタケって口下手な方だし。


「須王くんって、どこの大学にいきたいとか、希望はあるの?」

「実は、ある。でも、俺の学力じゃ、難しそうだけれども……」


 意外とマジメなテーマだな。


「だったらさ、目標に向けて一緒にがんばろうよ! 目指すゴールは別々かもしれないけれども、大学受験、てミッションは同じなんだし」

「だが、しかし……」


 ミタケ、大学生になってもバスケを続けたいらしい。

 もちろん、スポーツ推薦をもらうのが理想だけれども、うちの高校は強豪じゃないから、受験で正面突破するしかない。


「宗像くんって、すごいんだ。不破くんと偏差値が10くらい離れているけれども、同じ大学を目指して勉強しているんだよ。しかも、プロのマンガ家を目指しながら」

「そうなんだ」

「だから、須王くんもできるよ! 勉強とバスケの両立!」

「それは宗像が純粋にすごい男だから……」

「須王くんだって負けていないよ。だって、勇気とか根性とか、人一倍あるもん」


 ミタケが気圧されたように、おう、と返事をする。


 それを陰から見守るユズリハは……。

 えっ⁉︎ 涙ぐんでる⁉︎


「不破先輩……」

「どうしたの?」

「雪染先輩、メッチャいい人ですね」

「まあね、うちのクラスの女神みたいな人だし」

「お兄ちゃんにあそこまで優しくしてくれる女の人、ユズリハは初めて見ました」


 ユズリハがポロポロと泣き出したので、アキラはフードの上からナデナデしてあげた。

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