第138話

 朝の5時に目を覚ました。

 缶コーヒーを一気飲みしてから、絵本の仕上げに取りかかる。


 指先が冷たい。

 ゴシゴシして血の巡りを良くする。


 色を塗れていないところが、あと3箇所あるので、1箇所につき20分ずつ、ゆっくりと着色していった。


「よしっ! できた!」


 リョウとアキラの共同作品。

『ムーンライト・ワンダー・テイラー』の完成だ。

 色鉛筆を置いたとき、静かな達成感が込み上げてくる。


『全部、色を塗り終わったぞ』


 アキラにメッセージを送ると、すぐに返信があった。


『リョウくん、ナイスです!』


 あっぱれの猫スタンプが送られてくる。


『返信早いな。何してんの?』


『朝風呂でお肌のコンディションを整えています』


『本気だな』


『今日の女装コンテスト、負けたら一生の傷なのです』


 たしかに。

 アキラなら号泣して3日くらい寝込みそう。


『模擬店の準備があるから。いつもより30分早く迎えにいく』


『うむ、待ってます』


 アキラの自撮り写真が送られてきた。


 ピースサインで口元を隠している。

 首から下は写っていないけれども、お風呂の中で撮ったはずだから、全裸って考えるとエロいかも。


『サービスなのです』


『アキラって、ときどき女子高生みたいなことを思いつくよな』


『失礼な! れっきとした女子高生なのです!』


 プンプンの猫スタンプ付き。


『ごめん、ごめん。あとで絵本を読ませてやるから許せ』


『はい、とても楽しみにしています』


 父が起きてくる気配があったので、リョウもリビングへ向かった。


「どうした、リョウ、今日は早いな」

「学園祭があってね」

「何かお店を出すのか?」

「クラスで鉄板焼き。あと、部活で絵本の展示をやる」

「そうか、不破家のお嬢さんがストーリーを考えたのか」

「よく分かったね」

「あの子には文才があって、小学生の作文コンクールとか、子ども小説コンテストとか、たくさんトロフィーをとったそうだ。ご両親が自慢していた」


 なんだよ。

 昔は小説を書いていたのかよ。


「リョウと似ているな。絵のコンテストで、よく賞品をもらっただろう。お米とか、旅行券とか、自転車とか」

「あれは応募者が少なくて、狙い目のコンテストだったから」

「母さん、とても喜んでいた」


 父は、母が前夜に用意したおにぎりを平らげると、さっさとスーツに着替えた。


「だから、リョウがマンガ家を目指してくれて、父さんも嬉しい。勉強との両立は大変だろうが、がんばれ」

「父さんも出張がんばって」

「おう」


 父は左手でガッツポーズをつくってから玄関を出ていった。


 リョウも朝食をすませる。

 歯を磨いているとき、パジャマ姿の母が起きて、起き抜けのコーヒーをれはじめた。


「あら、いけない、リョウも早いんだったわね」

「母さん、風邪気味でしょう。ゆっくり寝ていなよ」

「元気なら学園祭を見にいくのに」

「恥ずかしいからいいよ」


 髪の毛をクシャクシャされた。


「今日はアキラちゃんと一緒に模擬店を回るの?」

「時間があったら」

「青春ね」

「そうかな」


 アキラ、大人気だからな。

 引っ張りだこになる未来しか予想できないが。


「ちゃんとリードしてあげなさいよ」

「アキラが誘拐ゆうかいされないよう気をつけておく」

「?」


 リョウも家を出る。

 アキラと一緒にのった電車は、いつもより早いせいか、二人分の席が空いていた。


「ほらよ、絵本だ」

「やった、本当に完成したんだ」

「ギリギリだけどな。納期の3時間前だったし」

「それでも仕上げるリョウくんは立派だよ」


 アキラは3回内容に目を通した。

 1回目はサラサラと。

 2回目はじっくりと。

 3回目は一言一句を小声でつぶやきながら。


「どう思う?」

「うん、完ぺき」

「絵本を描いているとき、100回くらいストーリーに目を通した。最初はよく分からなかったけれども、何度も読み返しているうちに、優れた話だという気がしてきた。やっぱり、アキラには才能がある」

「そうかな? リョウくんの絵があればこそ、という気がするけれども」


 いや、リョウはまだ描けない。

 アキラみたいに、人の心に突き刺さるストーリーが。


 たぶん、経験値の差。

 リョウが今日まで1,000のストーリーに目を通してきたとしたら、アキラはその10倍くらいの物語に触れている。


 古典とか。

 そこには普遍的な良さが眠っているらしい。


 古い本やフィルムに触れることが、ベストなインプットだとは思わないけれども、やっぱり、古典に詳しい人は、生み出すストーリーに安心感や安定感のようなものが宿っている。


 リョウは真逆。

 軽くて薄い。


 一個一個の日本語。

 マンガの一コマ一コマ。


 直感に頼りきった状態で、パッパッと描いているから、どうしてもディテールが弱くなる。


「今回の絵本を描いていると、自分の未熟な部分が見えてきた。でも、具体的にどう解決したらいいのか、探っている状態だ」

「なるほど、ね。でも、課題が見えたってことは、50%くらい解決した、てことじゃないかな。だって、あとは問題を解消するだけなのだから」


 アキラが絵本を閉じる。


「それに、未熟未熟っていうけれども、未熟なのにおもしろいなら、ある種の正義が宿っているのでは?」

「未熟なのにおもしろい、か。その発想はなかったな」


 アキラと会話していると、目からウロコの連続だ。




《作者コメント:2021/01/01》

 今年もよろしくお願います。(ぺこり)

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