第137話

 部室を出るころには、外は暗くなっており、星がキラキラと光りはじめていた。


「最近、遅くまで残っている生徒、たくさんいるな」

「みんなも学園祭の準備で忙しいんだよ」


 くちゅん! とアキラがくしゃみする。

 完全に女の子じゃねえか。


「風邪を引かねえうちに、さっさと帰るぞ」

「うん」


 校門を出たとき。

 氷室さんから電話があった。


 リョウの受賞作『恋愛相性1%の僕たち私たち』が掲載される号を宗像家に郵送してくれるらしい。


「ありがとうございます」


 携帯を握ったまま、ぺこりと頭を下げておく。


「それで、カナタ先生の調子はどんな感じかな?」

「正直いうと、軽いスランプです。毎日、描いてはいるのですが、中々満足のいくものが生み出せなくて。自分の作品を読んでみても、コレジャナイ感が激しいというか……」

「若い人にありがちな現象だよ。だったら、一回俺が作品をチェックしようか。今月、どこかで編集部に顔を出せるかな?」

「来週の土曜日でもいいですか?」

「わかった。待ってる」


 折田ジューゴについて。

 連載向けのネームに目を通した、と氷室さんは教えてくれた。


 けっこう良くできている。

 若手の中では連載の大本命。

 という声が強いらしい。


 ぐぬぬ……。

 また折田にリードを許すのか。

 でも、あいつ、リョウが授業を受けているとき、マンガを描いているし。

 アンフェアだよな、仕方ないけれども。


「折田に負けないよう、がんばります」

「その意気だ。カナタ先生は温厚というか、ライバル心に欠けるのが特徴だな。それ自体は悪いことじゃないけれども、マンガを描く上では、多少のネックになるかもしれない」


 ライバル心、ね。

 アキラにせっつかれなけりゃ、マンガを公募に出すこともなかったし、ぴったりな表現かもしれない。


「なんとかネームを完成させます」

「うん、体調には気をつけて」


 電話を切った。


「氷室さん、なんて?」

「近いうちにまた会おうって。あと、折田の連載向けネーム、まあまあ良くできているらしい」

「大丈夫だよ。リョウくんも、がんばっているから。それに僕がついているし」


 アキラがかわいくガッツポーズする。

 頭をナデナデしたくなるから困るんだよな。


 家の近くまで戻ってきた。

 小さな公園があったので、リョウは吸い込まれるように入っていく。


「リョウくん?」


 懐かしいな。

 公募用の原稿を描いていたとき、アキラと二人で来た公園だ。

 あの日のアキラは浴衣を着ていて、一緒に夏の夜空を見上げた記憶がある。


「アキラ、覚えているか?」

「うん、もう4ヶ月くらい前かな。たしか、夏の大三角を探して……」


 ベガ、デネブ、アルタイルはもういない。

 代わりに冬の大三角……シリウス、プロキオン、ベテルギウスが光っているはず。


「たぶん、あれがベテルギウス」


 アキラが空の一点を指さす。


「近年、暗くなった星だっけ?」

「そうそう。近くに明るいシリウスがあるよね」


 アキラと一緒に冬のダイヤモンドを探した。


 冬の大三角に出てくるシリウスとプロキオン。

 これにリゲル、アルデバラン、カペラ、ポルックスの4星を加えると、ダイヤモンドみたいな六角形ができる。


「アキラ、星を見つけるの早いな」

「えっへん。リョウくんより僕の方が、視力がいいのです」

「本の虫なのに……」


 アキラが、むふふ、と笑いはじめた。


「どうした、急に」

「もしタイムマシンがあったらね、10年後に飛んでいって……」

「未来か」

「うん」


 平均台みたいな遊具がある。

 アキラは器用にバランスを取りながら渡っていく。


「リョウくんは専業のマンガ家になっていて、たくさん本を出しているんだ。それを読んで、脳みそにしっかり記録して、とても素敵なマンガだった、てことを、いまのリョウくんに教えてあげ……おっと……」


 アキラのバランスが崩れそうになった。

 リョウはひょいと抱っこして降ろしてあげる。


「さっきの! すごい! リョウくん、僕の体をパッパッと移動させた!」

「だって、アキラが怪我したら、みんなが困るだろう」

「でも、反応するの、早かったよ!」

「あのな……」


 いつも見守っているんだけどな。

 アキラのボロが周りにバレないよう。


「ほら、帰るぞ」

「うん!」


 リョウが歩き出すと、アキラは仔猫みたいに追いかけてきた。

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