第125話

 最後にアキラから、


「誰か一人、読者を想定したらいいんじゃないかな。僕でも、親でも、昔の友だちでも、氷室さんでも、架空の人物でもいいけれども……」


 とアドバイスされた。


 スティーヴンソンの『宝島』とか。

 ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』とか。

 誰か一人のために書かれた話が、文豪の代表作となった例はたくさんあるらしい。


 大切なのは、誰に届けたいのか、という部分。

 読者はリョウに何を期待するだろう。


「それなら……」


 リョウは携帯を取り出して、マンガ投稿サイトにアクセスした。


 過去にもらった感想に目を通してみる。

 今だからこそ、気づけることがあるかも……。


『○○ちゃん、かわいい』

『こいつ、バカだろw』

『次話に期待!』

『まだ次の街に進まねえのか⁉︎』

『ダンジョン攻略するのに100日かかりそう』

『と思ったら、ボス一瞬だった、ワロタ』


 キャラクターのかけ合いとコミカルな展開が評価されているのかな。


『一年前の伏線、忘れてない?』

『日本語がちょくちょくおかしいです』

『主人公がクズキャラを許すとか、理解不能。偽善者ぶるなよ』


 中には手厳しい意見も。

 自分の長所と短所って、案外、知らないものだな。


 感想欄を最後までスクロールしてみた。

 折田ジューゴ、というハンドルネームの読者から、


『さっさとプロの土俵に上がってこい!』


 とコメントがついている。

 本人だよな? 成りすましじゃないよな?

 他人の感想欄をメールみたいに使いやがって。


 ちょっと腹が立ったので、


『転ホイの折田先生からコメントをもらって感謝感激です。折田先生の次回作に期待してます』


 と返しておいた。

 アキラがぷぷっと失笑している。


「リョウくん、もっと肩の力を抜いて。リラックスした状態じゃないと、読者を安心させられる作品はつくれないよ」

「アキラって、ちょくちょく天才的な発言をするよな」

「むふふ〜」


 帰り道、コンビニに寄った。

 お礼としてソフトクリームを買ってあげる。


「おいし〜。ご馳走になって悪いね〜」

「コンサル料だと思えば安いよ」


 そして翌日。

 自宅謹慎の解けたミタケが登校してきた。


「おお、須王だ!」

「キング、ただいま!」

「よくぞ帰ってきた!」


 パチパチパチと大きな拍手に迎えられる。

 男子が一人、ミタケの肩を叩いた。


「トレッキングのとき、正直、俺もイラッとした。たぶん、キングが相手を殴ってなかったら、俺が手を出していたかもしれない」


 もう一人、立ち上がる。


「そうだよ。でも、トラブル起こしたら修学旅行が終わるから、俺たち、尻込みしちゃって……」


 ミタケはあの時、右手を出したらしい。

 バスケットのシュートを放つ、大切な右手なのに。


「バーカ、終わったことを気にしてんじゃねえよ。なんで当事者の俺より、お前たちが気落ちしてんだよ。修学旅行、十分楽しかっただろうが……」


 ミタケはさっさと席に着く。

 その話は蒸し返すな、と大きな背中で主張しているみたいだった。


 アキラがひじでちょんちょんしながら、


「今日の須王くん、なんか格好いいね」


 小声でいう。


「一皮むけたな」

「でも、自宅謹慎になったのが、リョウくんじゃなくて良かった」

「おいおい、俺が1週間学校を休んだら、どうするつもりだよ?」

「季節外れのインフルエンザということにして、僕も休むしかないだろう。僕はコバンザメみたいな生き物なんだ。1週間もソロで生きるのは辛いのです」

「軟弱だな〜」


 授業中、ミタケの様子を観察する。

 いつもなら眠そうなのに、今日は真剣にノートを取っている。


 へぇ〜。

 人間って、たった1週間で変わるものか。


「授業が終わった〜。リョウくん、部室いこ〜」

「おう」


 職員室へ向かう道すがら。


「アキラってモテるじゃん」

「どうしたの、急に?」

「いや、トオルさんが中学や高校のとき、アキラ以上にモテたのかな、て」


 だって、向こうは純正のイケメンだし。


「まあね。でも、モテるのって、けっこう苦しいこともあるよ」

「そうなの?」


 トオルが中学生のとき。

 クラスメイトの女子と街中で出くわして、デートみたいになったことがある。


 楽しかったけれども、問題はそのあと。


 抜け駆けじゃないか⁉︎ みたいな話が持ち上がり、くだんの女の子は執拗しつようなイジメにあったらしい。

 それも、トオルが見ていないところで。


 女の子は一時期、不登校になった。

 トオルも、イジメのきっかけが自分にあると知り、激しいショックを受けた。


「トオルくん、ああ見えて、けっこう繊細なんだ」

「でも、別にトオルさんが悪いわけじゃないだろう」

「それじゃ割り切れないから、人の心ってやつは難しいんだよ。僕なら、自分が原因でイジメが起きたら、たぶん泣くね」


 キョウカちゃんは特別な女の子、て本人に伝えたらしいけれども……。

 もしかしたら、トオルにとって、キョウカと直に会うのは、とても勇気がいることかもしれない。


 部室でマンガを描いているとき。

 ドアをノックする音がした。


「誰だろう、こんな時間に」

「アキラのファンかもよ」

「うぅ……抜け駆けはよくない……」

「俺が追い返してやるよ。ここは関係者以外、立ち入り禁止だしな」


 リョウが入り口を開けると、


「なんだよ、キングかよ」


 悩ましそうな顔をしたミタケが立っていた。

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