第126話

「すまん、不破に相談に乗ってほしいことがあってだな……」


 椅子に腰を下ろすなり、ミタケは気まずそうに切り出した。


 あのキングが?

 アキラに頭を下げるなんて……。

 こりゃ、明日は雪が降るだろうな。


「まあまあ、お茶でもどうぞ」

「ここは部室っていうより、秘密基地みたいだな」

「歴代の先輩たちが、いろんな私物を置いていったからね。骨董品が眠っているよ。それで、ご用件は?」


 ミタケはお茶を一口飲んだあと、ふう、とため息をついた。


「今日、雪染さんから、プレゼントをもらったのだが……」


 修学旅行のとき、助けてもらったお礼。

 そういって粉末タイプのスポーツドリンクを渡された。


 いつもミタケが愛用しているメーカー。

 一箱丸ごとだから、けっこうな値段するし、嬉しい反面、申し訳ない気持ちもある。


「あと、手紙をもらった。口で伝えるのは照れくさいからって。一言でいうと、修学旅行のとき迷惑をかけてごめんなさい、みたいな感じ。別に、あれは俺の責任だし、迷惑っていうのも、変な話だな〜、という気はするのだが……」

「つまり、須王くんは、雪染さんへのお返しのことで悩んでいるんだね」

「うおっ⁉︎ 不破、天才かよ! なんで俺の考えていることがわかった⁉︎」

「そりゃ、ね。異性からプレゼントをもらって、その相談となれば、ね」


 何を返すべきなのか?

 値段は? 食べ物? それとも消耗品?


 お礼のメールを出すべき?

 長さは? 文面は? フレンドリーな感じ?


 女心ってやつを、ミタケは1ミリも理解していないから、学校のテスト以上の難問なのである。


「不破って、女子の気持ちに詳しいだろう。もし、不破が俺の立場なら、どうする?」

「待て待て、キング」


 リョウは横から口を挟む。


「お前、一個下の妹がいるだろう。女子の気持ちを知りたいなら、そっちに相談したほうがよくないか」

「あいつはダメだ。なんというか、頭の中がお花畑なんだ。少女マンガとかの読みすぎで。妄想癖みたいなのがある」


 他に相談できそうなのは、部活のマネージャーとか、女子バスケの部員とか。

 ミタケいわく、冷やかされて終わるのが目に見えているらしい。


「ふ〜ん、なるほど」

「頼む、不破、なんかアドバイスをくれ」

「よしっ! わかった!」


 アキラはポンと胸を叩いた。


「僕が須王くんの立場なら、お返しをするね」

「やっぱりか」

「須王くんがバスケ部だから、スポーツドリンクを選んでくれたんだよね。だったら、吹奏楽部の雪染さんが喜びそうな品がいいな」

「そんなもの、あるのか?」

「ある。リップクリーム。減りが早いって、たまにボヤいている」

「おおっ! 不破って、本当に女子をよく観察しているな!」

「まあ、雪染さんは、見ていておもしろいからね」


 アキラは携帯でリップクリームを検索した。

 アンナが好んでいるメーカーを、ミタケは控えておく。


「あと、メールを送ったらいいよ。今夜あたり。『プレゼント、ありがとう。ちょうどスポドリのストックが切れてたから、メッチャ助かった』みたいな」

「いや、まだストックは切れてない」

「須王くん、意外とマジメだね。そこはストックが切れてなくても、ストックが切れていた、て表現するんだよ。比喩ひゆだよ。これはウソじゃない。方便だからね。嬉しさのたとえ」

「やっぱり、不破って頭がいいな。日常会話で、比喩、て言葉をつかうやつ、初めてみた」


 ミタケはまたメモしている。


「メールの文面、大丈夫そう? 僕が例文を書いてあげようか?」

「いや、そこまで面倒を見てもらわなくてもいい。小学生じゃあるまいし。それよりも、問題なのが……」


 アンナの連絡先。

 ミタケは知らない。


「そうなの?」

「というか、女子の連絡先、一つも知らない。部活の関係者以外は。だから、雪染さんの連絡先を聞ける相手もいなくて……」

「そうなんだ。僕はクラスの女子の連絡先、全員知っているけどな」

「何をどうしたら、そんな状態になるんだよ」

「みんなと普通に仲良くすれば」

「すげぇな……コミュニケーション能力の鬼かよ」


 ミタケからアンナへ、友だちリクエストを送信した。

 アキラからアンナへは、


『須王くんに連絡先を教えました』


 と送っておく。


「ありがとう、助かった、こういう時、不破は本当に頼りになる」

「どういたしまして。話はちょっと変わるけれども、須王くんって、雪染さんのこと、好きなの?」

「はぁ⁉︎」


 ミタケの声がひっくり返る。


「好きじゃない女の子が相手なら、ここまで真剣にならないでしょう」

「ババババ……バカいうな……雪染さんのことが好きとか……」


 かなり動揺している。

 ミタケはアレだな、嘘が下手なタイプか。


「別におかしくないよ。雪染さん、いい子だし」

「みんな好きだろう。毛色の違いはあれど。そういう不破だって、よく雪染さんと会話しているじゃねえか」

「まあね。たしかに、僕も雪染さんと仲はいい」

「だったら……」


 ミタケはぐいっと身を乗り出した。


「なんで不破は、雪染さんと付き合わないんだよ」

「へぇ?」

「だって、いい子だって、自分でいったじゃねえか。それって、客観的にはいい子でも、不破からしたら、不足ってことなのか?」

「それは……」

「まさか、男にしか興味がないゲイとかいわねえよな。さすがにアレはネタだろう」

「……」


 アキラは一瞬、ポカンとした。

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