第124話

 実家に帰ってきた日、さっそくマンガを描きはじめた。

 画力が鈍ってしまったから、早くピークに戻さないと。


 疲れたところで、いったんお風呂休憩。

 リラックスした体に冷たい牛乳を流し込む。


 両親は、リョウが買ってきた酒のさかなをつまみながら、仲良く晩酌ばんしゃくしていた。


「鮭とばに、燻製くんせいイカに、ホタテの貝柱に、ビーフジャーキーか。リョウも大人の好物がわかるようになったな」


 父はアルコールに強くないから、たった一本で真っ赤になっている。


「リョウが女の子なら、洋菓子を買ってきたんでしょうね」


 母は酒豪なので、3本目の缶をプシュッと開けた。


「リョウも食べる? お箸とお皿をあげるから、好きなのを部屋に持っていきなさい」

「そうだね」


 鮭とばをかじりながら、この夜はマンガを描いた。


 そして1週間後の部室。

 リョウは完成したネーム原稿をアキラに読ませてみた。


「ではでは、拝読いたします」


 最近つくづく思うのが、マンガを描くのって難しい、ということ。

 普段、何気なく読んでいる1冊も、随所にテクニックがちりばめられており、ストーリー計算だって緻密ちみつなのだ。


 ギャグを挟む回数とか。

 とあるマンガ家は3Pにつき1回だったり。

 別のマンガ家は10Pにつき1回だったり。


 思いつきとノリで描いているわけじゃないっぽい。


「どう思う? 氷室さんからのアドバイスを取り入れて、全体的にブラッシュアップさせてみたけれども……」

「リョウくん、率直な意見を述べてもいい?」

「おう、キタンのない意見を頼む」


 アキラは一言。

 つまらない、といった。


「これ、公募に送ったときより、おもしろくないよ!」

「マジで? 本当にそう思う?」

「うん!」


 やっぱりか。

 薄々は自覚していたけれども……。

 アキラの口から、おもしろくない、て言葉が出たということは、まあ、事実なのだろう。


「新人賞をとった。氷室さんのアドバイスももらった。モチベーションも高い。なのに、下手くそになったって、割とショックなんだよな」

「下手じゃないんだよ! おもしろくないんだよ!」

「待て待て、よくわからん」

「え〜とね……」


 アキラは漫才を例に出した。


「リョウくんって、テレビの漫才とかコントは観る?」

「まあ、たまには」

「大ブレイクする若手がいるよね、毎年、何組か」

「おう」

「でも、芸歴20年とか30年になっても、生き残っている芸人は、あまり漫才をやらないよね」

「たしかに、コントは若手の仕事ってイメージだな。大御所は1年に1回くらいしか持ちネタを披露しない」

「大御所の漫才ってね、上手いんだよ。間違いなく上手い。でも、おもしろさじゃ、若手に軍配が上がるんだよ、大衆ウケするおもしろさ、という点ではね」


 アキラいわく、若手の素人っぽさとか、荒削りな部分とか、新しい感性とかが、その時代を生きる人に突き刺さるっぽい。


「要するに、ウケる、と、上手い、は違うんだ。下手な説明でごめん」

「いや、主張したいことは十分わかる」


 リョウは自分のネーム原稿を読んでみた。

 う〜ん、改良したつもりが、退屈な展開になっちゃったかな。


「会話とか、何個か削っているよね」

「うん、不要だと判断して、消している」

「そこだよ、そこ。たしかに、本筋とは関係ないけれども、リョウくんのセンスの良さが出ているな〜、て部分。余白みたいな」

「でも、なくてもストーリーは理解できる会話だ」

「ばかち〜ん!」


 アキラに怒られた。


「ストーリーを理解するだけなら、箇条書きのプロットでもいいだろう! たとえば、目の前においしいリンゴがあったとして、それを食べたキャラクターがどんな表情をするのか、どうやって食べるのか、どんな感想を述べるのか、読者はそこを知りたいんだ! リンゴは買ったのか、もらったのか、盗んできたのか……。話が冗長だろうが、おもしろければ、そこには正義が宿っているんだ!」

「う〜ん、いいたいことは理解できるが……」


 正論だしね。

 だったら、どうすればいい? と問いたい。


「このネーム原稿で連載を狙っているでしょう」

「もちろん」

「それがよくない。いや、目標があるのはいいけれども、気持ちが前のめりになっているというか、リョウくんのエゴが前面に出ている。前面に出過ぎている」

「そう思う?」

「うん」


 たしかに、リョウは17年しか生きていない。

 傑作を描けるかもしれない、と思うのは、増長なのだろうか。


「こんな状態で氷室さんに提出したら、ガッカリされると思う。ストーリー展開とか、オリジナリティにこだわりたい、というリョウくんの癖が、悪い方向に出ちゃっているから」


 もっと……。

 純粋に……。

 心地よく読める作品にするべき、か。


「わかった。全部描き直すよ」


 アキラの指摘が痛かったのは、きっと、リョウも自分の弱点を理解しているからだ。

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