第101話
「道ばたで拾った?」
「ぶっぶ〜」
「じゃあ、女の子からもらった?」
「違いま〜す」
「う〜ん……ネットオークションで買ったとか?」
「チケットは転売禁止です」
アキラは手でバツ印をつくった。
アイディアが枯渇したリョウは、うっ、と言葉に詰まる。
わからねえ。
だって激レア品。
しかも2枚。
「お手上げだ。あとは、トオルさん経由とか。俺が冷泉シキ先生のファンであることを覚えていて、仕事の関係者からもらったとか。そんなわけないよな」
ギクッ!
「図星か?」
「まあね」
アキラがチケットの一点を指さすと、そこには『関係者用立ち見席』とプリントされている。
「抽選で当たった人には、ちゃんと座席が用意されているけれども、このチケットで入場する人は、後ろの方に立っていないといけません」
それ以外にも制約はある。
記念品の配布対象外だったり。
質疑応答のときに挙手できなかったり。
「それでもいいかな?」
「もちろん! 十分すぎる幸せだよ!」
アキラは封筒に入れたチケットをリョウに押しつけてきた。
「僕が紛失するとアレだから、当日までリョウくんが保管してください」
「任せとけ。命がけで守る」
でも、トオルさん。
出版社とつながりがあるって格好いい。
やっぱり自慢の兄貴か。
「それね。僕も知って驚いたけれども、いま放映中の高校生異能探偵団のアニメ……」
放送を控えているエピソードで、若手アイドルの登場する回があるらしい。
声優として売り出し中のアイドルを起用しませんか。
若い女の子に人気があって、声優経験のある子がいいですね。
制作スタッフの中でそんな話があった。
そこで白羽の矢が立ったのが犬神トオル。
「もしかして、犯人の役?」
「それは観てからのお楽しみ」
もう一度チケットを見つめる。
宝の地図みたいにキラキラと輝いている。
幸運を運んできてくれたアキラに感謝しながら、この日は寝床についた。
そしてトークショーの朝。
せっかくの日曜日だが、空にはぶ厚い雲が垂れ込めている。
「今日もアキラちゃんとお出かけ?」
「まあね。東京ドームの近くまでいってくる」
「お金は大丈夫なの?」
「ああ……」
財布は空っぽだった。
マンガと画材を買ったせいだ。
「ちゃんとエスコートしなさいよ」
「あのね……」
「ほら、折りたたみ傘も持っていきなさい」
母親に髪の毛をクシャクシャされながら、リョウはスニーカーの靴紐を結んだ。
いつものマンション前へ。
アキラは手帳を広げて、何かをメモしている。
「おはよう」
「あっ、リョウくん、おはよう」
目がトロンとして、全体的にポワポワしている。
昨夜、本を読みすぎて、寝不足ってパターンだな。
「どうした? 良いアイディアでも閃いたのか?」
「むっふっふ〜」
アキラって、ときどき詩を書く。
短歌や俳句のような定型詩じゃなくて、自由詩ってやつかな。
アキラいわく、本を読みすぎると頭がおかしくなるから、定期的にアウトプットすることにより、心の平穏を保っているらしい。
この特技、学校でも披露したりする。
学校の保健室とかで、アキラが詩を書いていると、ふらふらっと女子が寄ってきて、
『不破くん、インテリだから素敵!』
とメロメロになるのだ。
たぶん、イケメンのみに許された遊び。
リョウみたいな男子がポエムを書いていると、
『うわっ! 宗像キモッ! 思春期丸出し!』
てなるから。
「今日の詩は何点なんだ?」
「う〜ん、寝る前は85点くらいだと思っていたけれども、朝起きて読み返したら、35点くらいだな」
ふわぁ、と
「この詩はね、リョウくんに捧げるために書いたんだ」
「マジかよ。すげぇ」
「リョウくんに読んでもらうのが目的なんだ。だから、内容なんて、そんなに大事じゃないんだ。会話のキッカケになれば十分なんだ。だから、85点も35点も大差ないよ」
手帳を見せてもらった。
タイトルは『嵐の夜に』。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
光が見えるよ
君の待つ丘の 灯台の
ああ どうしよう
海神 九頭竜 水の妖精たち
僕らを沖へと押し戻すんだ
光が見えるよ
君の乗る船の 船首の
ああ どうしよう
ローレライの声がする
水底の神殿へと 君らを誘っている
英雄になってやる
神話に出てくる戦神に
聖剣カリブルヌスを引抜いて
たちこめる雲の鎧を裂いてやる
うつくしい星の心臓を叩き落として
君のために希望の
さあ 教えてくれ
僕を殺す神の名は
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「これって、前半の僕が俺で、後半の僕がアキラってこと?」
「そこはご想像にお任せします」
「もしくは耽美なのか? つまりユルいBLなのか?」
「それは読み手の趣味によって変化するのです」
なにこれ。
メッチャおもしろい。
世界観とか不明だけれども。
アキラいわく、
『星の心臓を叩き落として』
『僕を殺す神の名は』
の2か所がお気に入りらしい。
聖剣カリブルヌスって……。
厨二病じゃねえか、とリョウはポロッと口にした。
「昔の詩人なんて、基本、みんな厨二病だよ」
「なるほど、なるほど」
もう一回、詩を読んでみる。
嵐の海とか。
沈みそうな船とか。
魔性のモンスターとか。
これらは実社会の困難を表現しているのだな。
リョウはマンガ家を目指しているから。
丘から見守っているのが詩の主人公で、たぶんアキラ。
友を救うためなら、宇宙の秩序を乱してもいい、神様にケンカを売ってもいい、という熱いパッションが伝わってくる。
やべぇ。
女子高生から詩をプレゼントされちゃったよ。
アキラって、思考のスケールが大きいから、それがストーリーに反映されている。
あと、ひねりが少なくて読みやすいかも。
「僕はね、詩はおもしろければ何でもアリだと思っている。邪道だけれども」
「うん、おもしろい」
「そして詩とは、本来、誰かにプレゼントするために書かれたものだ。君主とか、異性とか、家族とか、功労者とか、あるいは自分自身とか」
「アキラにとって、その対象が俺だったというわけか」
「うむ。僕の気持ちが届けば100点なのです」
じ〜ん。
アキラのこういうところ、やっぱり好きだ。
まあ、思考が天然記念物なのだが。
「でも、残念だな。21世紀は娯楽がたくさんあるから、詩の需要は、かなり低下しちゃったな」
「いいや、むしろ逆。世の中、詩だらけだよ」
「そうなの?」
アキラいわく、J-POPの歌詞が詩らしい。
リスナーに想像させるから。
「音楽という翼を得たことで、詩というのは、かつてない存在感で人類を支配しているのさ」
「なるほど、その発想はなかった」
そんな会話をしながら、都心へ向かう電車に乗り込んだ。
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