第七章 二学期(二)

第100話

 リョウは部室でぼけ〜っとしていた。


 すっきりと晴れた放課後。

 遠くからトランペットのブーブーという音が響いてくる。


「リョウくん、手が止まっているよ」


 アキラがペンのお尻で突いてきた。


「おう、悪い」

「まったく、リョウくんの方から、英語の宿題をやろうって誘ってきたのに」

「ごめんって」


 リョウは分からないところを質問した。

 アキラがしたり顔で教えてくれる。


「さすがアキラ先生」

「えっへん」


 宿題が終わったら、アキラは読みかけの小説を取り出し、リョウはマンガの続きを描きはじめた。


「やっぱり、リョウくん、少し落ち込んでいるね」

「そう見えるか?」

「線を引くのが遅い。いつもならパッパと描いちゃうのに。今日はカタツムリみたいな遅さだよ」

「う〜ん」


 カタツムリのスピードなら、20Pを描き上げるのに1年かかりそうだな。


「体育祭が終わったから、その燃え尽き?」

「30%くらいはそれかな」

「残りの70%は?」

「なんだと思う?」


 アキラはあごに手を添えて探偵みたいに考えはじめた。


「なんだろう……」


 リョウはその間、線を描いたり消したり繰り返す。


「もしかして、公募用の作品、落選しちゃった?」

「ああ……」


 惜しい!

 落選したのはそっちじゃない!


 まあ、そろそろ連絡がきてもいい時期なのに、


『たくさんのご応募ありがとうございました。例年にないくらいの力作揃いであり、じっくり読ませていただいております。また、予想をはるかに上回る応募をいただきましたので、結果発表は翌月にずれこむ可能性がございます。より慎重に審査するためです。ご了承ください』


 という定型文のアナウンスがあっただけで、応募者たちはモヤモヤさせられている。


 果報は寝て待てだ。

 公募のことは、いったん、忘れることにした。


「じゃあ、何がショックだったの?」

「聞いて笑うなよ」

「もちろんさ」


 冷泉シキの第100巻リリースを記念したイベント。

 ファンを招待しておこなわれるトークショー。


 抽選の結果発表があり、案の定、リョウは落ちていた。


「倍率高いのは知っていたけれども、いざ落選するとショックだよな」

「な〜んだ、公募じゃなくて安心した」

「それはいうな。公募は5回だろうが、10回だろうが、トライできるけれども、イベントは1回落ちると終わりなんだ」


 リョウは机にぐったり倒れ込んだ。

 アキラがチョコ菓子を取り出して、猫じゃらしみたいに振る。


「これをあげるから。元気を出しなさい」

「おう、サンキュー」


 でも、リョウは復活しない。


 だって、一番尊敬するマンガ家なのだ。

 会えるチャンスなんて、一生に一度かもしれないし。

 あるいは、リョウがプロデビューを果たして、冷泉シキが現役ならば、どっかで会えるか。


「ぐぬぬ」

「ぐぬぬ」


 リョウのうめき声を、アキラが真似る。


「ほら、僕が励ましてあげるから」


 頭をナデナデしてもらった。


「おっ」


 この癒しプレイ、けっこう楽しいかも。

 アキラ様ファンの女子にバレたら袋叩きにされそうだけれども。


「どう? 少しは元気が出た?」

「もう少し励ましてほしい」

「えぇ……」

「体育祭でがんばったから。そのご褒美をまだもらってない」

「君ってやつは、仕方のない男だなぁ」


 アキラはリョウの背後に回り込んだ。


「1回だけの特別サービスだぞ」


 文句をいいつつも、後ろからギュッと抱きしめてくれる。


 すげぇ、天国かよ。

 アキラの全身からいい匂いがするから、心が洗濯されるみたいに、胸のモヤモヤがすう〜っと晴れていく。


「毎日コツコツ成果を積み上げていけば、いつかきっと、冷泉先生に会えるさ」

「そうかな?」

「成功はいつも、思いがけない形でやってくる、という格言を知らないのか」

「おう、がんばる」


 どこまでも尊い20秒間。

 放課後の校舎でヒロインにぎゅ〜されるシチュエーション。


 夢か、これは。

 アキラが女の子でホント良かった。

 苦労している本人には申し訳ないけれども。


「元気出た?」

「メッチャ出た」


 リョウは別人みたいにスピードアップ。

 マンガが順調だと、アキラも嬉しそう。


「僕はね、マンガを描いているリョウくんを見守るのが好きなんだ」

「いつかアキラ専用のオリジナルマンガを描いてやるよ」

「やったね。人生の楽しみが一個増えたかも」


 不純なモチベーションだけれども。

 アキラが応援してくれるなら、今日もベストを尽くそうかなって気になる。


 それから数日後の部室。

 アキラが、じゃじゃ〜ん、といいながらチケットを取り出した。


 今度はオペラじゃない。

 もっとレアなやつ。


「どうしてアキラが⁉︎」

「どうだ! 驚いたか!」


 しかも2枚も!


「冷泉シキ先生のトークショーのチケットじゃねえか⁉︎」


 リョウが手を伸ばすと、チケットはすうっと逃げた。


 見間違うはずがない!

『高校生異能探偵団 第100巻刊行記念 冷泉シキトークショー』

 と印字されている!


「リョウくん、ほしい?」

「死ぬほどほしい!」

「ど〜しよっかな〜」

「いやいや、どうやって手に入れたんだよ! 超限定品だぞ!」


 魔法かよ。

 前の会話から1週間も経っていないのに。


「僕がどうやってチケットを、しかも2枚も手に入れたのか、推理できたら1枚あげる」

「ッ……⁉︎」


 アキラはチケットを机に置くと、シャーロック・ホームズみたいに、両手の指の腹をピタッと合わせた。




《作者コメント:2020/11/24》

 Special Thanks, 100 episodes!!

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