第89話

 用務員のおじいちゃんが敷地をゴシゴシしている。

 そういう地味なシーンがある一方で……。


 女生徒たちの口からどよめきがあがった。


 理事長様だ!

 今日もお美しい!


 そこにアキラが通りがかると、次は黄色い声があがる。


 アキラ様よ!

 非の打ち所がないわ!


 この二人は禁断のカップリング。

 というバラ色の妄想が、一部の女生徒のあいだで流行っているらしい。


「不破くん、ちょっときなさい」

「なんだろう」


 トモエが手招きしてきたので、アキラはトコトコと小走りする。


「髪に糸くずが絡まっているじゃない。動かないで。取ってあげるから」

「あっ……ありがとうございます」

「ほら、もう大丈夫よ」


 トモエは聖母みたいに微笑みながら、アキラの腰にタッチ。


 触った!

 まさかの愛人アピール!


「あの……理事長……人前ですので……その……」

「照れちゃって。本当にカワイイんだから」


 今度はおでこをツンツンされる。

 アキラはあぅあぅの表情に。


「今日の放課後、理事長室にきなさい」

「えっと、ご用件は?」

「今度、学園のパンフレットを刷新さっしんするのだけれども……」


 魅力度をアップさせたい。

 そのためにはアキラのモデル起用が欠かせない。


「撮影の打ち合わせよ」

「はい! 必ずうかがいます!」

「時間が余ったら……その後に……ね」


 赤面しまくりのアキラが戻ってきた。


「おい、ヨダレが垂れそうな顔をしているぞ」

「うるさい……これも演技だ」


 本当かな?

 パンフレットのモデル起用って言葉に、舞い上がっているのでは?


「しかし、理事長もなかなかの役者だな」

「そうだね。自分が男の子なのか、女の子なのか、僕は忘れそうになったよ」

「おい、アキラの頭までバラ色になってどうする」


 そして昼休み。

 購買部から帰ってくるとき、アンナに呼び止められた。


「宗像くん、安岡先生が探していたよ。生徒指導室へこいってさ」

「げぇ、マジかよ」


 リョウは心底うんざりした顔になる。

 けれども、これはフェイク。


「心当たりがあるの?」

「まあね。今日はツイてないな」


 近くで監視しているであろうチエルに聞こえるようにいう。


「すまん、ちょっと生徒指導室へいってくる」


 アキラを残してその場を離れた。

 と見せかけて、すぐに引き返す。


 出てきた! 盆場チエル!

 アキラの手首をつかんで、人気のないところへ連れていこうとする。


「待ってください! 僕はどうやら犬アレルギーみたいで……」


 くしゅん! くしゅん!

 ヨコヅナをどこかに置いていってくれませんかね、と上目遣いでお願いしている。


「アレルギーなら仕方ないわね」


 チエルはやれやれと首を振った。

 庭をぐるりと見渡して、金属の柵を見つけると、ハーネスの持ち手を引っかける。


「このくらい離れたら大丈夫かしら?」

「もう少し離れたいです」

「このくらい?」


 アキラは瞳をうるませる。


「あの……もう少し遠くへお願いできますか?」


 美少年のおねだりポーズが炸裂。

 これには強情ババアもイチコロだった。


「あそこの木の下で話しましょう。なに、悪い話じゃないわ。あなた、理事長に弱味を握られているのですってね。やりたくもない行為を強要されているのじゃないかしら?」


 よしっ!

 リョウは物陰から飛び出した。


「ほ〜ら、ヨコヅナちゃん」


 新品のビーフジャーキーを開封して、ヨコヅナの鼻先でサイリウムライトみたいに振る。


 右、左、右、左……。

 視線を釘付けにさせて……。


「ほら、お食べ」


 リョウが投げたジャーキーを、ヨコヅナはうまそうに食べた。

 一本を食べたら、また一本。

 さらに一本と食べさせる。


「やっぱりエサ代を削られていたか」

「きゅ〜ん」

「飼い主の宝くじに失敗したな」

「きゅん、きゅん」

「いい子だ、好きなだけ食え」


 リョウはビーフジャーキーを等間隔に並べた。

 ハーネスの持ち手を握りしめて、ゆっくりゆっくり誘導していく。


「よ〜しよし、俺についてこい」


 ヨコヅナは思いがけないご馳走にメロメロ。

 さすがキョウカの用意した特上ジャーキーだ。


「いくらでもあるからな。ほら、どんどん食え」

「バウッ!」

「吠えないでくれると助かる」


 約1名、助手がほしいな。

 そう思ったとき、クラスメイトの須王ミタケが通りがかった。


「何やってんだ、宗像。その犬って、たしか……」

「キング、ちょうどいいところに。ヨコヅナちゃんを運ぶのを手伝ってくれ」

「はぁ? あとで先生から怒られるのとか、勘弁してほしいぜ」

「それはない。理事長の命令でこの学園を救っている」

「よく分からんが……まあ……」


 ミタケにハーネスを持たせて、リョウはビーフジャーキー係に専念した。

 これだとすいすい進む。


「不破はどうした? いつも一緒だろう?」

「妖怪ババアと交戦中だ。もうすぐ大技が発動するから、まあ、楽しみにしておけ」

「お前ら、ときどき意味不明なことをやっているよな」

「理事長いわく、社会心理学のお勉強らしい」

「はぁ? なんだ、そりゃ」


 人気のないところにヨコヅナを隠した。

 ビーフジャーキーも山盛りにしておいた。


「サンキュー。キングがクラスで一番の力持ちだから助かった」

「おう」


 アキラのところへダッシュする。

 計画通りならば、そろそろチエルが爆発する時間だが……。


「正直に話しなさい! トモエとあなた、いかがわしい関係なのでしょう⁉︎ 放課後とかに、あんなことや、こんなことを、隠れてやっているのでしょう⁉︎ いくらもらっているの⁉︎ 私なら、トモエの2倍、いや、3倍は払ってあげるわよ」


 おいおい。

 金がねえくせに、大きく出たな。


「だから、そんな関係じゃありませんってば。僕は体が弱いので、理事長がいろいろと便宜を図ってくれているのであって……」

「嘘おっしゃい!」


 パチンッ!

 と打擲ちょうちゃくの音がした。


 まさかアキラが叩かれたのか⁉︎


 リョウは血の気がひく思いがした。

 けれども、チエルが叩いたのは木の幹だった。


「あなたみたいな美少年、トモエが放っておくわけないわ!」

「いいがかりはやめてください! あと、理事長のことを悪くいわないでください!」


 チエルがギャーギャーわめき、アキラも負けじと反発する。


「かわいい顔して! こんなに頑固だとは思わなかったわ! かくなる上は!」


 ヨコヅナちゃんで脅して!

 て? あれ? いない⁉︎


 その瞬間が、迷惑オバサン・盆場チエルにとっての年貢ねんぐの納め時だった。


「まさか⁉︎」


 近くの窓が開いた。

 そこに立っているのは、イジワルな表情をしたキョウカ。


「不破くんが手籠てごめにされそうになっている!」


 メガホンを口に当てて、全校に聞こえるんじゃないかってくらいの大声で叫んだのだ。


「そのババアが、不破くんの服を脱がそうとした!」

「あっ⁉︎ お前は……」

「宗像の留守を狙ってきやがった!」

「なっ……なっ……なんですってぇぇぇぇ⁉︎」


 天国から地獄へ真っ逆さま。


 この時のチエルのマヌケ顔を、リョウは一生忘れないだろう。

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