第90話
学園のスーパーアイドルが大ピンチ!
キョウカのアナウンスを受けて、たくさんの女生徒が飛び出してきた。
各々の手にはラケットやら、
チエルは真っ青になって走ったが、忠実なボディガードが見当たらない。
「ヨコヅナちゃん! どこなの⁉︎ 返事をしなさい!」
「敵は中庭の方へ逃げたぞ! 者ども! かかれ!」
キョウカが居場所を伝えると、チエル狩りのメンバーは30人になり、50人になり、あっという間に100人を超えた。
その2倍くらいの生徒が窓から様子をうかがっている。
「いったぁぁぁぁい!」
飛んできた黒板消しがチエルの後頭部にヒット。
「お行儀の悪い生徒ね! 誰だ⁉︎ 投げたやつ⁉︎」
文句をいうのだが、次は黄色いテニスボールが飛んできた。
これがゴリッとお尻に命中。
「信じられない! これだから最近の子どもは……ひぃぎゃぁ⁉︎」
胸元にぶつかったのは、防犯用のカラーボール。
キラキラの服を蛍光色に染められて、チエルは涙目になった。
「ムッカァァァァ! ホント生意気ね!」
「もう一息だぞ! そのババア、不破くんを金で買おうとしたからな! 絶対に逃すな!」
チエルも簡単に負ける気はないらしい。
45歳とは思えぬ快足を飛ばして、現役のスポーツ女子から逃げて、逃げて、逃げまくる。
「捕まってたまるかぁ〜!」
窓からぴょんっと校舎に入って、忍者みたいに前転しながら着地。
別の窓からライダーキックのポーズで飛び出してきた。
こういうの、火事場のクソ力っていうのかな。
しかし、孤立無援。
相手は増える一方。
とうとう挟み撃ちされて、真横に逃げようとしたが、木の根っこか何かにつまずいてしまった。
「あっ⁉︎」
チエルの体はヘッドスライディングするみたいに浮いて……。
ドボンッ!
微生物がたくさんいそうな池に頭からダイブしたのである。
水面に浮上してきた上半身には、モスグリーンの
頭のてっぺんには小さなカエル付き。
「このババア!」
「不破くんの敵だ!」
池から出ようとしたチエルを、女子たちが
「キャアァァァ! やめなさい! もし私が溺れてしまったら、あなたたち、人殺しになるわよ!」
「お前なんか溺れてしまえ!」
「そこで反省しろ!」
「出てくんな!」
トモエは水中で足を滑らせて、水柱を立てながら沈んだ。
ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ!
汚い水を大量に飲んじゃっている。
「いったい、なんの騒ぎかしら?」
生徒たちが二つに割れた。
声の主はトモエ理事長であり、ぷ〜んとただよう悪臭に顔をしかめて、鼻をつまんでいる。
「おやおや、チエルさん、その池は遊泳禁止でしてよ」
「おのれぇ! トモエッ! 全部お前が仕組んだことかッ!」
「さあ、なんのことでしょう」
「絶対に許さんぞ!」
怒ったチエルは、池の水を手ですくって、ざぶざぶ飛ばすけれども、ターゲットにはあと一歩届かない。
「くそっ! ヨコヅナさえいれば! 肝心なときにどうして消えたのよ! あの大飯食らいの役立たず!」
暴れるように水面を叩いたとき、その目がカアッとなる。
トモエの後ろからヨコヅナが出てきた。
ずぶ濡れの飼い主に気づいて、かなり戸惑っている。
「ヨコヅナ! その女を噛み殺せ!」
チエルは血相を変えながら叫ぶ。
ヨコヅナは、きゅ〜ん、と生返事。
「じれったいわね! トモエの喉を
ヨコヅナは命令を無視するどころか、チエルに
トモエの足元にお行儀よく座り込んで、鼻をフンフンさせている。
「チエルさん、犬という生き物はね、なかなか賢いのよ。この空間で誰がもっとも支配力を持っていて、誰がもっとも情けないのかを、正確に嗅ぎ分けるくらいには」
「おのれっ! おのれっ! おのれっ! ヨコヅナ! 裏切りやがったなぁ!」
「バウッ! バウッ!」
「この恩知らずがぁ! バカ犬め!」
マンガの悪役みたいな見苦しさには一同が大爆笑した。
バウッ!
ヨコヅナも、バカはお前だ、と主張するように吠える。
「チエルさんの悪行の数々は、すべて記録しておりますので、ご実家の盆場家に報告させていただきます」
「はぁ⁉︎ なんですってぇ⁉︎」
「チエルさんのご両親に現状を把握してもらいます」
「お願い! トモエさん!
「ごめんなさい。今ごろ、私どもの学園から送付したデータがご実家に届いたのではないかしら」
「そんな……」
「もちろん、迷惑料はしっかりと請求させていただきます。チエルさんと違って、盆場家のご当主は節操を守るお方ですから」
ぶくぶくぶく……。
激しいショックを受けたチエルは池の中へ沈んでいった。
「ざまあみろ!」
「二度とくんな!」
生徒たちの
その後のチエルについて。
トモエが体育教師たちを呼んで、3人がかりで引き上げさせた。
救急車にのせられて病院へ直行。
搬送されていくチエルの髪の量が、かなり減っていると思ったら……。
「あっ! カツラが浮いている!」
生徒の一人が池を指さしながらいった。
チエルが着用していた薄毛隠し用のウィッグだった。
午後のチャイムが鳴る。
トモエがパンパンと手をたたく。
「午後の授業開始を10分遅らせます。まだ昼食を食べ終わっていない生徒は、全力ですませなさい。さあ、解散よ」
カエルが一匹。
池のほとりでジャンプした。
ちゃぽん!
平和になった我が家へ帰っていく。
その後、盆場チエルの行方を知る者は誰もいなかった。
めでたし、めでたし、である。
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