第79話

「ふふっ……レトロなコメディ映画を観てきた気分だよ」


 アキラがこの日10回目くらいの思い出し笑いをした。


 ここは帰りの電車である。

 空気中のホコリが、オレンジ色の夕日を吸い込んで、粉雪みたいに淡く光っている。


 早めの帰宅。

 アキラいわく、大人気の大型アトラクションを避けたから、たくさんの種類を回れた、とのこと。


「明日から学校だね」

「プリンス様の帰還だな。アキラが一日で何人の女子から声をかけられるのか、気になって仕方ないぜ」

「ぐぬぬ……」


 少女が一人。

 アキラのことを、じぃ〜と見つめているのに気づいた。


 視線の先にはポップコーンの容器。

 テーマパークの中だけで買える、クマのキャラクターのやつだ。


「これ、欲しいの?」


 アキラが声をかけると、少女は焦ってモジモジした。

 メッチャ欲しいらしい。


「特別にゆずってあげてもいいけれども、さすがにタダというわけにはね」


 おとぎ話の海賊みたいにチッチッチと指を振る。


「おい、アキラ」


 だって、その容器。

 1,500円くらいの価値があるんじゃ。


 相手は小学校中学年くらい。

 金目のものなんて持ち合わせていないはず。


「取り引きしよう。君が大切にしている宝物を僕にくれないか。一対一のトレードだ」

「だったら、コレと交換して!」


 そういって差し出してきたのは缶バッチ。

 表に魔法少女のキャラクターがプリントされている。

 100円のガチャポンの景品に入っていそうなやつだが……。


「いいよ」


 アキラはあっさりOKした。


「ホント!」


 少女は、信じられない! という表情になる。


 これが逆わらしべか。

 たっぷり礼をのべると、ポップコーンの容器にキスしてから、次の駅で降りていった。


「よかったのか。いくら親切心とはいえ、かなり損したぞ」

「いいの、いいの。あの子、きっと、遊園地で遊びたかったけれども、親に反対されて、この夏は連れていってもらえなかったんだよ。友だちの話を聞いていると、私もいきたい! てなるでしょ。そして、あのポップコーン容器があれば、私も遊びにいったよ! これが証拠! と周りにアピールできる。彼女なりに運命をねじ曲げたのさ」

「さすがの想像力だな」


 アキラは女の子からもらった宝物に視線を落とす。


「僕はね、子どもが喜ぶ瞬間を見るのが、好きっていうか、生きがい」


 まあ、いっか。

 本人が幸せそうならば。


 乗り換えの駅についた。

 さらに1時間かけて最寄駅へ向かう。


「おい、アキラ、起きろ」

「もうちょっと寝たい……」

「こんなところで寝たら風邪ひくぜ」


 仕方ないので、横っ腹をツンツンして目覚めさせた。

 キャハハ! と笑うアキラを引っ張ってホームに立たせる。


「ごめん、ごめん、終点まで寝ちゃいそうな勢いだったね」

「どうせ、今日の遊園地が楽しみで、昨夜はあまり寝ていないのだろう」

「バレましたか〜」


 舌を出して笑っている。


「まったく」


 駅前のファミレスに寄った。

 ドリンクバーを2つ注文する。


「そろそろ花火の時間だよ」

「えっ、わかるの?」

「まあね」


 リョウは初心者だから、花火の時間が固定されていることを初めて知ったのである。


「リョウくん、イヤホンを片耳につけて」

「おう」


 アキラの携帯には夜空が映っている。

 パークに残っているトオルに画面と音声を共有してもらっているのだ。


 パーンッ!

 パリパリパリッ!

 夜空のショーが始まった。


 赤、青、緑。

 たくさんの花火が上空を染めていく。


 きれいだ。

 心だけテーマパークへ飛んでいったみたい。


 くしゅん! と不破ママのくしゃみが聞こえて苦笑い。

 そこで夜のショーは終わった。


「楽しかったな」

「うん」

「また出かけたい」

「何かの記念日とかにね」


 リョウはコホン、コホンとわざとらしく咳払いした。


「これ、プレゼント。大したものじゃないけれども」


 小さな紙袋をテーブルに置く。


「本当は遊園地のお礼なのだが……。俺とアキラ、知り合って一周年になるから、その記念のプレゼントにしておく」


 薄い金属のブックマーカー。

 猫のシルエットが刻まれている。


「うわぁ! ありがとう!」


 アキラが大切そうに抱きしめた。


「僕がブックマーカーを集めているの、知ってたの?」

「いや、初耳だ。でも、これなら邪魔にならないし、喜ばれると思った」


 アキラはリョウの手を握り、たっぷり3つ数えるあいだキスを落とした。


「僕からの感謝の気持ちなのです」

「照れるじゃねえか」


 しばらく無言で見つめあった。

 先に視線を逸らした方が負けのゲームみたいに。


「リョウくん、僕と出会ったときから変わったね」

「そうか? まあ、背が少し伸びたかも」

「そうじゃなくて、口数が増えた」


 ドキッとする。

 それはアキラと仲良くなったから。


「そういうアキラだって、以前よりしゃべるようになっただろう」

「だって、リョウくんと一緒にいると楽しいから」

「ッ……⁉︎」


 また胸がドキッとする。


 この夏、色々あった。


 都会でデートして。

 浴衣を着て、近所を散歩して。


 アキラの街角スナップ、ちゃんと雑誌に載っていたな。


 リョウは公募用のマンガを完成させた。

 そういや、もうすぐ結果発表か。


 学校のプールでおぼれて。

 アキラと別荘に泊まって。

 それすら遠い昔に思えてくる。


 あと、花火大会のある夏祭り。

 リョウの父親が倒れて、花火のスタートと同時に引き返した。


 あの時はびっくりして心臓が止まるかと思った。


 しかし、ハプニングがあったから、アキラのご両親と知り合いになれた。

 そう考えると、父親の手術すら塞翁さいおうが馬に思えてくる。


 本当によかった。

 アキラと遊べて、美しいものに出会えて。

 家に引きこもってマンガを描くだけが夏休みじゃない。


「これまでの一年に」

「これからの一年に」

「乾杯」


 カチンとティーカップを鳴らす。


 楽しい一日が終わる。

 リョウとアキラの夏休みが終わる。


 でも、これは始まりの終わり。

 大女優になる女の子と、人気マンガ家になる男の子の、ほんの1ページに過ぎないのである。


 とか、ヒロイックなことを妄想してみた、17歳の夏だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る